初めての体験 104 - 107
(104)
エレベーターを待つ時間がもどかしい。いっそ、ここから飛び降りたい。
「そや!階段で行こ!」
一気に階段を駆け下りる。社の頭の中を、ヒカルがどうしてここに来たのかという疑問が
一瞬過ぎった。
「そんなんどうでもええ。進藤に会えるんや…!」
ヒカルに会えることの喜びでいっぱいだった。
息せき切ってロビーへ走った。いた!すぐにわかった。髪型が目立つと言うこともあるが、
何より存在感が他とは違う。息を切らせている社をヒカルが見つけた。
「社。」
笑って手を振る。そんな何気ない動作にすら、社の胸は高まった。
「し…進藤…どないしたん?いや…何でここがわかったんや?」
社の問いかけにヒカルはにこにこ笑って応えた。
「津坂さんって言うんだっけ?あの人に訊いたんだよ。」
「社ともう一度打ちたくて…」
ヒカルが、社を見つめた。『でっかい目ェやな〜落っこちそうや』ヒカルの瞳にそのまま
吸い込まれそうだった。
「対局?オレと?…そやけどオレ、今マグネット碁盤しか持ってないよ?」
それで、構わないとヒカルは言う。早速、部屋で打つことにした。
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社は、自分の隣でエレベーターを待つヒカルを何度も盗み見た。信じられない。あの
進藤が自分の横にいる。自分より、頭半分小さい。肩も首も細く、触れたら壊れそうな気がした。
「社、背が高いね。」
ヒカルが話しかけてきた。慌てて、視線を前に戻す。
「そ…そんなことないよ。普通や。進藤が小さいから…」
「それって、オレがチビってこと?」
ヒカルがムッとした口調で聞き返した。まずい。機嫌を損ねたか?そんなつもりではなかった。
小さくて、可愛いと言いたかったのだ。狼狽える社を見て、ヒカルは、小鳥のように
クスクスと笑った。
「怒ってないよ。社、大人っぽくて落ち着いて見えるのになぁ。」
「オレかて、進藤と同い年や。全然落ち着いてない。」
すぐ側にヒカルがいるのに、落ち着いて何かいられない。今も心臓が早鐘のように打っている。
エレベーターに乗り込むと、密室の中で二人きりという状況にますます社は戸惑った。
何か話題を捜さなくては…。好きなもの…囲碁に決まってるわな。趣味…誕生日…
ああ〜今この場面でどれもこれも、唐突すぎる!
考えすぎて頭が真っ白になった。
「進藤って、塔矢と付き合っとるんか?」
よりにもよって、口から出た言葉がこれだとは…時間を戻したい。
ヒカルは、きょとんとした顔で社を見つめた。また、その表情の可愛らしいことと言ったら…
食べてしまいたいくらいだった。その後すぐに、ヒカルは、ニッコリと(これまた、
最高の笑顔で)笑って、「うん」と頷いた。
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あかん…!完璧失恋や〜グラスハートは粉々や…
わかっていたこととはいえ、本人にこうハッキリ断言されると落ち込む。それでも、表面上は、
「へぇ〜やっぱり、そうなんか。」
と、傷ついているそぶりも見せずにヒカルに笑いかけた。オレって見栄っ張りや…
ヒカルもそれに応えるようにニコニコと笑っていた。
「入って。」
ヒカルを部屋に招き入れた。散らかった荷物を一カ所に纏め、碁盤を取り出した。
「さ、打とか。」
振り返って、ヒカルに笑いかけた。と、同時に柔らかく首に腕が巻かれ、社の唇は、ヒカルの
それに塞がれた。ほんの一瞬触れただけのキスだった。その一瞬が、社の思考の全てを奪った。
固まったまま、動かなくなった社の頬に、ヒカルはチュッともう一度キスをした。
「〜〜〜〜〜〜な、な、な、何すんねん――――――!!」
狼狽えて、大声で怒鳴った。顔から火が出そうだ。耳まで紅くした姿で、怒鳴っても
てんでしまらない。社の首にしがみついたまま、ヒカルが言った。
「オレ、社としてみたい。」
その言葉の意味を把握するまで、たっぷり一分はかかった。自分は今、最高に間抜けな顔を
しているだろう。
「イヤ?」
首を少し傾けて、ヒカルが間近に顔を寄せる。
「イヤ?」って、イヤなわけがない。でも…。
「そ…そやけど、自分、塔矢とつきあっとるんとちゃうんか?」
「うん。オレ、塔矢が大好き。一番好き。」
ぬけぬけと言う。だけど、そう言って笑う顔がまた憎らしいくらい可愛かった。
「でもね…強いヤツにも興味があるんだ…だから、社のこと知りたい…」
再び、唇を塞がれた。今度のキスはさっきよりもずっと深く重ねられた。
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社は、ヒカルの華奢な腰に手を回し、もっと深くヒカルを味わおうとした。ヒカルの唇が
軽く開き、社を招いていた。舌を差し込むとすぐにヒカルがそれに応えた。ピチャピチャと
互いの舌を吸い合う音が社を興奮させた。ヒカルを抱く腕に力がこもった。
「ちょ…ちょっと待って…」
ヒカルが、身体を捩って、社の腕から逃れた。
「あの…あのさ、オレ、痛いのとか怖いのイヤなんだけど…」
痛そうに肩や腕をさすりながら、社を見る。
言葉の意味がよくわからなかった。ヒカルの顔を穴が開きそうなほど、ジッと見つめた。
「だからぁ、縛ったりとか叩いたりとか…」
顔を赤らめて、最後の方はごにょごにょとごまかすように、ヒカルは言った。
漸く理解して、社の頭にカーッと血が昇った。それって……えす…!?
「あんた、まさか、塔矢と…!?」
「ち…ちが…!」
ヒカルが、速攻否定した。社の顔の前で、ブンブンと大きく手を振った。
「塔矢はそんなことしない。すごく、優しいんだから…」
頬を薄紅色に染めて、ヒカルは俯いた。首筋まで紅く染まっている。
―――――残酷やなぁ…
嬉しくてしょうがなかった気持ちが、ほんの少し、しぼんでしまった。これから、SEXを
しようという相手に対して、平気で恋人ののろけ話をするなんて…。
―――――ホンマにオレとのことは、遊びなんやな…
いっそ「帰れ!」と、怒鳴ってしまえたら―――――出来るわけない…。遊びでも
何でもヒカルが欲しい。そんな自分にあきれる。
「どうかしたのか?」
ヒカルが社の顔を覗き込んだ。大きな目に情けない顔をした自分の姿が映っていた。
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