クチナハ 〜平安陰陽師賀茂明淫妖物語〜 11
(11)
「明殿は口下手ですが、友人が待ちぼうけを食うのを分かっていて
放っておくような方ではありませんよ。明殿が何も言われなかったのなら、
じきに出て来られるでしょう」
「そうかなぁ。オレ最近賀茂に呆れられてるかもしんねェっていうか、
・・・さっきだって、オレ何かよくわかんねェけど賀茂のこと怒らせちゃって、」
「光。・・・気持ちを表すのが苦手な明殿とがさつな光では、誤解が生まれることも
あるでしょうが・・・光がいつでもしっかりと明殿を信じてあげることが出来れば、
きっとずーっと一緒にいられるはずですよ」
「がさつなオレってなんだよ。でも、・・・そうかなぁ」
「そうですよ。明殿は誰より光を身近に思っていますよ。私と二人で会う時にも、
明殿はいつも嬉しそうに光のことを話しています」
「あ、そうなの?そうなのか、じゃあ・・・そうなのかもな。へへっ」
少し照れ臭そうに頭を掻きながら顔を綻ばせる光を見て、佐為が目を細める。
光はじっとしていられないといった様子で足踏みしながら、
首を伸ばして明が来るはずの方向を見た。
そこへ一人の小者が駆け寄ってきた。
「検非違使の近衛殿ですね」
「え?あぁ、うん、オレだけど。何?」
「賀茂様からのおことづけを申し上げます。今日はご都合の不便なるに因り、
牛車で邸に戻られるとのこと。近衛殿には、申し訳ないがそのままお帰り
いただきたいと。・・・確かにお伝え致しました」
朗々と述べ上げると、小者はさっさと踵を返して行ってしまった。
「光・・・」
佐為がそっと光の背中に声を掛ける。
「ウン、オレ・・・もう帰る。今日はありがとな、佐為」
肩を落として振り返らずに帰っていく光の後ろ姿を、佐為は痛ましい表情で見送った。
急に日が翳った気がする。
ふと通り過ぎたぬめるような冷気に、花のかんばせを持つ碁打ちは
ぞくりと背筋を震わせた。
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