Shangri-La 11
(11)
一方でアキラは、ヒカルが自分に与えてくれた時間を懐かしく思う。
二人でいるときのヒカルは、いつも穏やかにアキラの隣にいて
他の人と居る時とは表情も態度も全然違って、それが嬉しかった。
特に、ヒカルが香りを纏うようになってからは、
アキラはヒカルの側を離れられなくなった。
ヒカルの香りは、ヒカルに触れる程近くにいないと香らなかったから
碁を打つときも、差し向いではなくヒカルの膝の上に居た。
ヒカルの香りに包まれ、預けた背中で体温を感じながら
のんびりと打つ碁は、信じられないほど心が落ち着けた。
そんな碁があるなんて、それまで全然知らなかったし
碁打ちであることを心から幸せに感じたのは、唯一そこだけだった。
大人の中で育ってきたアキラにとって、あの場所は人生で初めて
ありのままのアキラを受け入れた場所だった、と改めて思う。
アキラは、最後にヒカルが碁会所を飛び出した後ろ姿を思い出した。
ヒカルは、あの場所は、碁会所でヒカルの後ろ姿を見送った瞬間に
消えてしまったのではないだろうか?
あの時ヒカルを引き止めていたら、もっと違っていたかも知れない、と
何となく思った。
なぜ、碁会所を飛び出した彼を追わなかったんだろう。
その前に、なぜ碁会所から出ていく前に引き止めなかったんだろう。
――もう、あの場所に帰ることはできないんだろうか?
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