指話 11
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普段より早めに碁会所での指導後を切り上げ帰り支度をしていると、常連の一人が漏らした。
―それにしてもあっちの先生は大変だねえ。週刊誌にあんな記事が載るなんて…
市河がその人を睨み付けるが、相手はその視線に気付かず続ける。
―念願のタイトルを奪ったこの時期につまらんケチがついたもんだ。
―…?
―囲碁の事などまるでわからん三流記者の書いたものだよ。気にするような事じゃない。
広瀬が取り繕うように小声で耳打ちして来て、早く帰るよう促された。
碁会所にも自宅にも、週刊誌の類いは置いていない。読む必要のないもの、
そういう認識しかなかった。ただ、妙に気にかかった。
将棋界の話題が時折一般の新聞やTVを賑わす事はあったが、
囲碁界はまだまだそういう話題に縁のないいたって地味な世界だと思っていた。
足は自然に本屋に向かい、普段足を踏み入れない雑誌のコーナーに立ち寄る。
それらしい本を端から順に手にとってページを繰る。女性の裸や水着ばかりの
グラビアに躊躇しながらそれを探す。長時間そうしている自分に怪訝そうな
目を向ける大人もいたが夢中で探した。意地になっていた。
そうして見つけた記事は、拍子抜けする程小さなスペースだった。
有名人とかつて一夜を供にしたという匿名女性の手記で、芸能人やスポーツ選手の後に、
“最近大きなタイトルを手にした女性の間で人気急上昇中、スーツの似合う囲碁棋士”
程度に表現を濁してあった。“彼の夜の棋力は―”
くだらない、と思って本を閉じた。
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