平安幻想秘聞録・第二章 11
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「えっ、何で?」
「進藤、その話、僕も聞きたいな」
話を逸らされたような気持ちもしたが、明もそれ以上春の君について
の話を続けようとしないので、仕方なく、ヒカルは頷いた。
「相手は男性でしたね?その方はどんな色の衣を召されていましたか?」
「どんなって、オレンジ、じゃ通じないか、えっと、橙色だったよ」
「橙・・・濃い橙色ですか?」
「うん」
明と佐為が顔を見合わせる。
それが黄丹なら、東宮にのみ許された袍色だ。そして、東宮は春宮と
も書く。先程、明の話に出て来た春の君、その人だ。まだ帝に男の御子
がいないこともあり、今の東宮には帝の弟君が立っていた。年の頃も、
二十歳前で、ヒカルの話と合う。
「どうやら、春の君が見た幻というのは、光のようですね」
「えっ?」
「春の君は、その幻に恋煩いのご様子だ。妖しの仕業か呪ではないかと、
帝から直々に陰陽寮にご相談があったんだ」
内密の話のはずが、当の東宮が大騒ぎをしたこともあって、既に内裏
中に話が広まってるらしい。
「春の君がおっしゃった幻の容姿が進藤そっくりだったから、もしやと
は思っていたけれど」
「な、何で、恋煩いなんだよ。オレは男だってば。それに、ちょっと話
をしただけなのに」
ヒカルにしてみれば何とも納得しがたい話だが、ここ平安の世では、
どこぞの姫君はたいそう美人らしいという噂話だけで、恋文が飛び交う
のは当たり前。琴でも和歌でも人より秀でるものがあれば、とりあえず
求婚の文を送っておくという、手練れというか節操なしもいるくらいだ。
それに比べれば、相手の男はヒカルを間近で垣間見た上に、言葉まで
交わしている。それで充分に恋愛が成り立つ要素があるのだ。もちろん、
男同士だからというのは、おおっぴらにできないだけで、禁忌でも何で
もない。
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