兄貴vsマツゲ? 11 - 12
(11)
「〔可哀相に、塔矢。こんなオヤジとは手を切っちゃえよ〕」
泣いているアキラの肩を抱き、真っ直ぐな黒髪を慰めるように頻りに撫でながら、
永夏が何か言っている。
緒方も対抗して何か声をかけてやりたかったが、何を言ってやればアキラが落ち着くのか
皆目見当がつかなかった。
そうするうちに、永夏の胸に顔を押しつけて激しく嗚咽していたアキラがふと顔を離した。
しゃくり上げるのと鼻を啜り上げるのとを交互に繰り返しながら手を彷徨わせて
ポケットを探している様子だ。
泣いているうちに洟が出てきたのだろう。どこかにハンカチかティッシュの一枚くらい
入っていたはずだと、緒方は急いで自分のジャケットのポケットを探った。
が、それは徒労に終わった。二人よりも早く永夏がアキラの膝の上に置かれていた
自分のハンカチを取り、当たり前のようにアキラの鼻にあてがったからだ。
「ん・・・」
アキラが鼻を啜りながら戸惑ったように首を横に振る。他人のハンカチで洟をかむのは
さすがに気が引けるのだろう。だが、永夏が何か短い言葉で促し首を傾げて優しく微笑むと、
アキラはつられるようにあてがわれたハンカチに向かってシュン、と小さな音を立てた。
永夏は慣れた手つきでそのまま二、三度アキラの鼻を押さえると、ハンカチを畳み自分の
ポケットに入れた。
それからにっこり微笑み、小さな子供に「よく出来ました」と言うように、頷きながら
アキラの髪を優しく撫でた。
(12)
ポカンとされるがままになっていたアキラが、はっと我に返ったように永夏のポケットを
指して言った。
「〔・・・どうもありがとう、永夏。・・・ハンカチを・・・出してくれ〕」
「〔どうして?〕」
「〔だってボクが・・・汚いよ。・・・新しいのを・・・買って・・・返す〕」
「〔必要ない。従弟妹の世話で慣れているし、好きな子のなら気にならない〕」
「〔で、でも・・・ボクが困るよ。その・・・恥ずかしい・・・し・・・〕」
「〔恥ずかしい?塔矢は鼻水くらいで恥ずかしがるのか、可愛いな。オレは鼻水どころか
塔矢の体中舐めまわして、感じすぎで失禁させてやるつもりで日本まで来たのに〕」
笑いながら永夏がアキラの顎に指を当て上向かせると、アキラは絶句して赤くなった。
ポケットに手を突っ込んだ体勢のまま呆然と一部始終を見ていた緒方も、そこではっと
我に返り慌てて喚いた。
「あ、アキラくん!今そいつに何を言われたんだ!何かはっ破廉恥な発言をされたのか!?」
アキラが焦って永夏の指を払いのけ首を横に振る。
「そ、そういうわけじゃ・・・!いえその、ボクにも良くは聞き取れなくって・・・」
「なら何故そんなに赤くなる必要があるんだ!」
「知りません!」
「だいたいキミはそんな知り合って幾らも経たないようなヤツに、そ、そんな簡単に
チーンなんて洟をかませてやって・・・!キミが小さい頃は鼻がつまるとオレが鼻水を
吸い出してやったのに、その鼻水をキミは・・・!」
「し、知りませんよ!そんな昔の・・・子供の頃のことでしょう!」
「昔のことなのか!?キミにとってはもうオレなんか昔の・・・や、やっぱり反抗期なのか!?」
「何をおっしゃってるのかわかりません!」
「〔おい、塔矢。このオヤジ、腕ずくで追い出しちゃ駄目か?〕」
口を挟んだ永夏を緒方はキッと睨んだ。
「だから韓国語はワカランと言っとるだろうがぁー!アキラくん、通訳してくれ!」
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