Trick or Treat! 11 - 12


(11)
「ごめんなさいね、緒方さん。芦原さんから聞いたわ」
明子夫人から詫びの電話が入ったのはその日の夜のことだった。
門下の中でも最年少の芦原は、まだ入門して日も浅いというのに夫人やアキラから
抜群に受けがいい。
媚びることなく、自分を歪めることなく、自然体のままで人に好かれる芦原もまた、
緒方にとってはささやかな嫉妬を感じる人種の一人だった。
どれだけ碁の勉強をして強くなっても、自分はきっと一生そんな風にはなれない。

「あ――いえ。オレが大人気なかったのが原因ですし――それで、その――
あの・・・先生にも、そのことは・・・?」
「あの人には、言わないほうがいいと思うわ」
即答が返ってきた。
「芦原さんたちともこのことは伏せておきましょうっていう話になったの。大丈夫よ。
今も、あの人がアキラさんとお風呂に入ってる間にと思ってお電話差し上げたの。
今二人でお歌を歌っているんだけれど、聞こえて?」
「・・・微かに」
「幼稚園のお遊戯の時間に習ったお歌をね、毎晩ああして歌っているのよ。
今日のことも、幼稚園で他の子がお友達にしたのを見て真似したみたい。
男の子が好きな女の子にちゅっ、てしたら、女の子が泣いちゃったんですって。だから」
「ああ・・・」
そう言えばアキラが外で色々なことを覚えてくると、昼に聞いた気がする。
自分が菓子をくれないとわかった後の、そんなことを言ってどうなっても
知らないぞと言わんばかりのアキラの不敵な笑みを思い出した。


(12)
「・・・とにかくそんなわけだから、緒方さんもこのことはあまり気になさらないでね。
今日は本当にごめんなさい」
「いや、そんな――オレは・・・オレよりもアキラくんに、悪いことをしたと思って――」
「あら、どうして?」
「・・・オレはともかく・・・アキラくんにとってはその――初めての」
「ああ。ファーストキス?」
受話器の向こうで夫人がけろっと言った。こんな単語を師匠の夫人に言わせるのは、
いわゆるセクハラというものになりはしないかと少し焦る。
「そんな、だってあの子はまだ子供だし、それに男性同士でしょう?
そんなの、キスのうちに入らないわ」
「そう――でしょうか」
「そうよ。あの子がもっと大きくなって、素敵な女の子を見つけて――
本当に好きだと思う相手とキスしたら、それが本物のファーストキスよ。
口がくっついただけでキスになるなら、私なんて実家で飼ってた犬のペロに
しょっちゅう顔を舐められていたのがファーストキスになっちゃうわ」
夫人がころころと笑った。

「・・・・・・」
「あら、もう出てきたみたい。アナタ、アキラさんの新しいパジャマ置いてあったの
分かりますー?え、なーに?・・・ごめんなさいね緒方さん、それじゃ今日はこれで」
上機嫌らしい師匠とアキラの合唱が大きく近づいてきたところで、電話は切れた。
ツーツーという無機質な電子音の中受話器を置きながら、緒方はなんとなく
深い疲労感を覚えてその場にずるずると座り込んだ。
タバコを一本取り出し煙を吸って吐き出すと、
甘い匂いのするあの感触が、タバコの刺激に紛れて消えていく。
ホッとしたようながっかりしたような、妙な気持ちだった。



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