誘惑 第三部 11 - 12
(11)
「キミが好きだ。」
唐突に言われた言葉に、思わず息を飲んでヒカルはアキラの顔を見つめた。それが睨んでいる
ように、非難しているようにでも見えたのか、アキラはヒカルの視線に僅かにたじろいで、それでも
尚、続けた。
「ずっと、色々考えてて、でもわかったのは、どうしても譲れないのは、キミが好きだって事だけだっ
た。キミのした事が許せないとか、ボクを許して欲しいとか、でも、そんな事よりも、許せなくても、
許してもらえなくても、それでもキミが好きだって。」
ヒカルが顔を上げてアキラを見た。
「キミがボクの事を許せないんだとしても、それでキミがもうボクに愛想を尽かしたとしても、ボク
以外の誰かをボクよりも好きだと言っても、それでもボクは…」
射るように見つめるヒカルの視線がつらい、と言うように、一瞬アキラが視線を揺らす。だが必死
にその視線をヒカルに戻して、続ける。
「ボクはボクに自信がない。自分の事も全然わからない。信じられるものなんて何もないのか
もしれない。だけど、ボクがキミを好きだって事だけは信じられる。キミを好きだって言う気持ちが、
ボクの中で一番信じられるものだ。
キミが好きだ。ボクが好きなのはキミだけだ。ずっと、今も。それだけ、言いに来たんだ。」
少しでも動いたら、唇を僅かに動かすだけでも、アキラへの思いが溢れて、叫びだしてしまいそう
になる。だからヒカルはそれをぐっとこらえて、睨みつけるようにアキラを見ていた。
アキラの手がヒカルの方へそっと伸びる。けれどそれは触れる前に途中で躊躇するように止まる。
そしてヒカルを見つめていた視線をそらし、伸ばしかけた手をおろして拳をぎゅっと握る。
空気がピリピリと痛い。
「それだけ、言いたかったんだ。」
ヒカルがアキラを睨みあげた。
やっぱり、怒ってるんだね。そう言いたげな目でアキラがヒカルを見た。
けれどヒカルは応えない。応えずに無言でアキラを睨むばかりだった。
(12)
どれだけそうやって見つめあって――睨みあっていたろう。
ついにアキラがあきらめたようにゆっくりと目を伏せる。ヒカルはその長い睫毛が震えるさまに見惚
れていた。アキラが俯くと、黒髪がサラリと落ちてアキラの頬を隠す。
なんてキレイなんだろう、とヒカルは思った。
夜の街灯の明かりの下で彼の黒髪はいつもより更に深い影を落とし、白い顔が一層白く見える。
こいつはどうしてこんなにいつもいつも、誰よりもキレイで、オレは目を離せないんだろう。
「ゴメン…突然、押しかけて、勝手な気持ちを押し付けて。
でも、キミがもうボクを好きじゃなくても、それでもボクはキミが好きだよ。」
弾かれたようにヒカルが顔を上げると、アキラは寂しそうに微笑んでヒカルを見ていた。けれどヒカル
の視線にとらえられて僅かに口元が歪む。そんな顔を隠すように、アキラはくるりとヒカルに背を向け、
そのまま足を踏み出そうとした。
ダメだ。行ってしまう。このまま行ってしまう。イヤだ。そんなのはイヤだ。行くな。行かないでくれ。
「ま…てよ…」
震える声を、やっとの思いで絞りだした。ヒカルの呼びかけに、アキラが立ち止まった。
「…な…んだよ、おまえ…逃げんなよ。勝手な事ばっか言ってんなよ…」
「進…藤?」
「なに、自分の言いたい事ばっか言ってんだよ。
ふざけんなよ。おまえ、ちっとも変わってねぇじゃねぇか。人の話も聞けよ…!」
ヒカルは顔を上げて、アキラを睨みつけながら続けた。
「おまえはここに来るまでにずっと何言おうとか、どう言おうとか考えてたかも知れないけど、急に言わ
れたって、こっちは急に返事なんかできねぇよ。
それを勝手に決め付けんなよ。誰が…誰がおまえを嫌いだって言ったよ?
誰がおまえ以外に、おまえ以上に好きなヤツがいるって言ったよ?
譲れない気持ちがある、って言うんなら、オレにも聞けよ。」
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