平安幻想異聞録-異聞-<外伝> 11 - 12


(11)
「近衛。最近、内裏で見かけないけど、なんかあったのか?」
阿呆な事を半ば本気で考えながら訊ねた伊角に、ヒカルはポカンとした表情を返す。
「伊角さん、俺みたいな下っ端が、何の理由もなしに内裏に入れるわけないだろ?」
「え? でも前はちょくちょく来てたじゃないか」
「あのね、それは、佐為の警護の仕事があったからだよ。特別だったんだ。じゃ
 なきゃ、あんなに自由に内裏に出入りしたりできるもんか」
ヒカルに呆れたように見られて、伊角はちょっと傷ついた。
「しかし、その、佐為殿が身罷られてからも、内裏でお前を見た気がするんだけど」
「出雲での仕事の報告とかがあったからだよ。でも参内する時は上司の付き添い
 付きだったぜ」
「近衛って……、そんなに官位が低かったっけ……?」
「低かったよ! 悪かったな!」
そういえば、宮中の儀式等で藤原佐為の後ろに控える近衛ヒカルの束帯の色は縹色
だったと思い出す。本来なら殿上に上がることを許されない六位の官色だ。似合って
いるので気にした事がなかった。
それはともかく、もう特別な用事でも無いかぎり、内裏で近衛と会えないのは残念だ
と伊角は思う。
そしてその考えは、伊角自身が思いもしなかった言葉になって、口から滑り出た。
「近衛、俺の警護役にならないか」


(12)
何かに車輪が乗り上げたのか、牛車が大きく揺れた。
突然のことで、つんのめっように前に体を倒しかけたヒカルの肩を支える。
そうしながら伊角は、たった今自分が言ってしまった言葉の内容を吟味し、自分の
思いつきに喝采を送った。
そうだ。これなら、いつだって公に近衛に会うことが出来る。
自分の腕の中から、近衛ヒカルが鳶色の瞳で自分を見つめていた。
布越しにも、その肩の骨組みの繊細さがわかって、胸が高鳴った。
「最近は、内裏の中も物騒でね。そろそろ警護をつけた方がいいと言われてるんだ」
「伊角さんぐらい偉い貴族様なら、いくらでもちゃんとした衛士とか、近衛府の方
 で手配してくれるだろ?」
「警護役となったら、半日から一日を一緒にいることになるんだぞ。見も知らない
 奴と一緒にいて気疲れするぐらいなら、警護なんて居ないほうがいい」
「俺なら、平気なんだ?」
伊角は頷いた。
「近衛なら平気だ。腕も、下手な衛士より信用できるしな」
そう言われて、ヒカルも武官として嬉しくないわけがない。
「そうかぁ、いいけどさ。でも、俺が承知したからって、そうですかって伊角さんの
 警護につくわけにはいかないんだけど」
「わかってる。今日か明日には、衛門府の方に嘆願の書状を出しておこう」
ヒカルが身を起こした。腕の中から逃げる温もりを、伊角は名残惜しく手放す。
牛車は朱雀門から大内裏に入る。
検非違使庁の前で車を止めて、ヒカルを下ろした。
思わぬ所で止まった立派な牛車に、その辺でたむろしていた検非違使たちの視線が
ささる。
しかし、今の伊角にはそれが心地よかった。自分とヒカルはこんなに仲がいいの
だと、皆に宣伝したい気分だった。
検非違使庁の建物に入ろうとする近衛ヒカルに声をかける。
「じゃあ、衛門府に書状を出しておくから」



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