失着点・境界編 11 - 12
(11)
その先には非常階段に通じるドアしかない。だが、閉ざされた空間では
ない以上、いつ人が来てもおかしくない。
突き当たったそこは全面の窓になっていて、隣接する大きな庭園緑地と高速
道路を挟んでいるとはいえ、同じ高さに窓があるオフィスビルもある。
そしてまだ昼下がりの明るい日ざしの中で、ヒカルはアキラに唇を貪られる。
上質のカーペット張りの廊下では人が来ても足音を聞き取れない。
もし、誰かに見られたら、そんな緊張感がヒカルの感覚を尖らせた。
たった数日間会わなかっただけなのに、キスだけでヒカルの全身の血液が
アキラを欲して瞬時に一ケ所へと流れ込んでいくのがわかった。
それを感じてかアキラはヒカルを壁に押さえ付けるように下腹部を密着させ
さらに深く舌を絡ませて来た。そしてヒカルのネクタイを外しにかかる。
「だ…だめだよ!塔矢…!」
アキラはヒカルの抵抗を無視してシャツの襟を開き、首元に噛み付いてきた。
「…痛うっ…!」
その時ヒカルは理解した。これはアキラの仕返しなのだ。
アキラはヒカルの首の柔らかさを楽しむ吸血鬼ように歯を立て強く吸った。
そしてその部分に歯形とはっきりした痕跡がついたのを確認すると、
満足したようにようやく顔を離した。そして
「今夜…おいでよ。ボクはちょっと遅くなるけど、部屋で待ってて…。」
と耳打ちし、呆然としているヒカルのネクタイとシャツの襟元を整え
痕跡を隠すと、何ごともなかったように廊下を引き返していった。
アキラが去った後、ヒカルは壁にもたれ掛かったままずるずると落ち
ペタンとその場に座り込んだ。
(12)
ヒカルは髪をかき上げるとハーッと深くため息をついた。
アキラに噛まれたところがドクンドクンと脈打っている。
「しばらくは首の開いたやつは着れないな…。」
のそりと立ち上がると、ヒカルも廊下を戻った。
「本当に塔矢って、自分本位なヤツ…!」
そうブツブツ言いながら歩く。すると会場のドアの外に和谷が立っていた。
「…何ニヤついているんだよ、進藤。」
「えっ!?べ、別に…」
ニヤついているはずがない。自分は腹を立てているはずだ。アキラに対して。
「塔矢と何か話していたのか?」
「い、いや、塔矢なんか知らねえよ。」
ついそう口にして、つかなくていい嘘をついたと思った。和谷はしばらく
じっとヒカルを睨んでいた。
「…?」
何だか見透かされているような気がしてヒカルは襟元をぎゅっと手で握った。
「ふうん…、まあ、別にいいけど。パーティーはお開きだって。帰ろう。
今からオレンとこで打つか?」
そう和谷に誘われてヒカルは少し考えた。夜まではまだ時間がある。
「うん、打とう打とう。久しぶりだなー、和谷とは。」
「何か嬉しそうだな、進藤。ついさっきまでは妙に機嫌悪かったのに。」
「そんな事ないよ」
そういってふとホテルの玄関先のタクシー乗り場の方を見ると、
アキラがいるのが見えた。アキラの隣には、あの酒のグラスの男がいた。
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