身代わり 11 - 12
(11)
研究会に来た冴木の目に、一人碁盤のまえに座っているヒカルの横顔が映った。
ぶつぶつと独り言を宙に向かって言いながら、石を並べている。
その様子がなんだかほほえましかった。ヒカルが和谷とともにプロになったことを、冴木は
とても喜んでいた。研究会などがもっと活発になるであろう。楽しくなりそうだ。
冴木は声をかけようとして、ぎくりとした。
ヒカルは目をほそめ、あごを上に向けていた。
「んん……っ」
かすかに漏らしたその吐息に、冴木の背筋がふるえた。
ヒカルは唇をわずかに動かしながら、薄赤い舌の先を突き出している。
まるで誰かとキスしているように見える。
「ふ、んぅ」
さらに引き寄せる仕草をした。一瞬、自分のそでを引かれた気がした。
足がよろけた拍子に、戸が大きく音をたてた。ヒカルがすぐに振り返った。
冴木はぎこちなく笑顔を作った。
「進藤、早いじゃん」
「さ、冴木さん。おはようございます」
ヒカルは顔を赤らめた。今のを―――佐為とキスしているところを―――見られただろうか。
(ヘンに思われたら佐為のせいだかんなっ)
《ヒカルがしたいって言ったんでしょ。それに冴木さんには見えていませんよ》
(でもハタから見たら、オレ絶対キョドウフシンなヤツだよ。あ〜あ〜)
うつむいて石を片付けるヒカルの首筋を見て、また変な気持ちにさせられる。
自分のヒカルを見る目が、女性を見るそれと変わらないことに気付いた冴木は、目をそらす
ためにかばんから雑誌を取り出した。しかし内容は頭に入ってこない。
それどころか目のまえにヒカルの細い首筋が浮かんでは消える。そして先ほどのうっとりと
したヒカルの表情までがちらつきだした。
これでは思春期の恥ずかしい少年ではないか。
「それなに? マンガ?」
ひょいとヒカルが後ろから誌面をのぞき見る。息が頬に当たって、冴木は慌てた。
「なんだ、違うんだ。あ、この服カッコいい」
声が耳をくすぐる。落ち着かない。
(12)
冴木にのしかかるようにして、ヒカルは雑誌をめくっていく。
ヒカルの体温を背に感じたまま、冴木は身動きできない。
密着したところを意識してしまう。雑誌を渡せば済むのだが、それができない。
もっとひっついていたいと、心のどこかで思っている。
「う、わっ」
突然ヒカルが素っ頓狂な声をあげた。見るとグラビアアイドルの水着ページが開いていた。
冴木は軽く笑った。それまでの緊張がすこし解けた。
「へぇ、進藤こんなので悲鳴あげるんだ? 純だなあ〜」
「ち、違うよっ」
佐為が大声を出して、それに驚いたのだ。ヒカルだってこの程度の写真は平気である。
しかし佐為は何度見ても、動揺するのだ。
(佐為〜っ! いいかげんにしろよっ)
《でも女子がこのように、恥じらいもなく身体を見せるのは……》
そう言いながら、頬を赤らめている。ヒカルはため息を吐きたくなってくる。
「どうしたんだよ、かたまって。ん〜?」
冴木は身体を反転させ、腕のなかにヒカルを抱きしめた。そのとたん、後悔した。
予想以上に細い。自分がヒカルくらいのときは、もっと体格が良かったと思う。
「冴木さーん、放してよっ」
もがくヒカルを逃がしたくなくて、冴木は腕に力をこめた。
「進藤ってあったかいなあ。ちょっと温めてよ」
「ひゃっ! 冷てっ!」
首に手を当てられ、ヒカルは身体をすくませた。それがますます冴木を煽る。
男にするべきではないことを、したくなってくる。
それを自覚して、冴木は愕然とした。
「冴木さん! いいかげんにしてよっ」
ヒカルは頬をふくらませて、冴木に向き直った。瞬時に軽い怒りが消えた。
目のまえに冴木の唇がある。
この距離にヒカルは既視感を覚えた。これは、いつも佐為と――――
無意識のうちにヒカルは冴木の肩に手をかけていた。
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