黎明 11 - 12
(11)
重苦しい思いを抱えたまま、アキラは自分を拒むように小さく縮こまるヒカルを、ただ眺めた。
香の効果とはいえ、ヒカルが自分を認めないのが、悲しかった。
彼とは親しい友であった筈ではないか?いや、実際にはそれ程親しかった訳ではないのかもしれ
ない。けれど、顔も、名も、忘れられてしまっている事に、やはり衝撃を受けた。いや、それだけで
はなく、自分の存在そのものが忘れ去られてしまっているのかもしれない。そんな恐怖を感じて、
ぞくりと背筋が震えた。
自分が、自分自身の存在が、彼から拒絶されているような気がした。
否。
気がした、のではない。
彼は正しく拒絶していたのだ。彼から最も大切な人を無情に奪ったこの世を、この憂世にあるもの
全てを、自らの存在を賭けて拒絶し、否定していたのだ。
何故、と声に出さずにアキラは問う。
答えのわかりきった問いを。
それほどまでに、彼を失った事は君にとって苦痛だったのか。
彼を失った君の心には僕のことなど欠片も残っていないのか?それほどまでに、君にとって彼は
大きな存在だったのか。彼を失ったら全てを失ってしまっても構わないと言うほどに。
それほどに、彼のいない世界は君にとって意味の無いものなのか。
(12)
固く目を閉じている身体が小さく震えている。乾いた唇から何か言葉が漏れた。
「どうした、近衛。」
彼の呟きをもう一度拾おうと、口元に耳を寄せた。
「寒い…」
「寒いのか?今、掛け物を…」
「違う…」
ヒカルは近づいてきたアキラに抱き縋り、そのまま、その身体を床に引き倒した。
「な……や…めろっ…!」
抗おうとするアキラに尚も取りすがりながら、ヒカルの手はアキラの身体を探ろうとする。
「なんでだ…」
襟元の紐を解きながらヒカルは言った。
「俺が…キライか?」
ヒカルの身体を必死に押し戻し、襟元を押さえながら、アキラが返した。
「…そんな事、僕が聞きたい。僕などどうでもいいいくせに、どうして、こんな事ができるんだ。」
「だって、寒いんだ。寒いんだよ、俺。」
「寒い、寒いって、暖めてくれる人なら、誰でもいいって言うのか、君は!?」
「そうだよ!誰でもいいよ!」
ヒカルはアキラの身体に取り縋った。
「寒いんだ。寒くて、寒くて、死にそうなんだ。俺を、あっためてくれよ…」
目の前の鋭い光を放つ黒い瞳が恐ろしい。けれど、今自分を暖めてくれる人はこの人しかいない
のだから。そう思ってガチガチと歯音を立てながら、それでもヒカルはアキラに必至に取り縋った。
アキラの衣を掴む彼の手も、全身も、がたがたと震えていた。指先は本当に冷たかった。縋り付く
ヒカルの身体から、冷え冷えとした空気が伝わってくるような気がした。
実際、彼の悪寒も震えも、香を求める体の作用に過ぎないのだろうが、けれど彼が訴える寒さも
また、彼にとってはまた真実なのだとはわかっていた。
けれど訴えるその瞳はそれでもどこか虚ろで。
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