灑涙雨 (さいるいう) 11 - 12
(11)
「泣くなよ、」
「泣いてなど……」
嘘をつけ、と、片手で溢れかけた涙を拭ってやり、更にもう片方の目尻に唇を寄せ、塩辛い涙をペロリ
と舐めとった。
「あんまり泣くと天の川が溢れちゃうよ。」
と、小さい子供をあやすように言うと、
「だから、泣いてなんか、」
ヒカルの声に抗議するように目を上げた彼が何だか急に可愛らしく見えて、頬を両手で包み込み、軽く
音を立てるように接吻した。
「馬鹿だな。」
「僕の、何が馬鹿だって。」
拗ねるような口ぶりの彼を微笑みながら見つめた後、もう一度星空に目を戻すと、アキラもつられたよう
に顔を天に向けて星を眺めた。
「なあ、どれが織女でどれが牽牛なんだ?」
問われてアキラは二つの星を順に指し示す。彼らは確かに河の両岸に明るく美しく輝いていた。
ヒカルは目を閉じて、その二つの星が、年に一度許されて、広い星々の河を越えて出会い、重なり抱き
合う姿を思い描いた。どうか、彼らの束の間の逢瀬も、一年の寂しさを越えるほどに幸せなものである
ように願いながら、温かな肩に自分の肩を預けた。
(12)
そうやって寄り添いあいながら、飽きず星を眺めていた。
雨上がりの風はほんの僅かながら秋の気配を忍ばせていて、触れている肩から感じる彼の体温と、
涼しい風が心地良かった。請われるままに星々にまつわる物語を静かに語る彼の声が快くて、彼に
もたれかかりながら彼の語りに耳を傾けるうちに、穏やかな眠りがヒカルを包み始める。
「ヒカル?」
「……んん…」
「眠い?」
「んー……」
もっとこうして彼と二人で星を見上げていたい。このまま星がゆっくりと動いていくのを見ていたい。
そう思っているのに、目蓋は重く、意識は夢の中に引き込まれそうになり、彼の声も遠くなってしまって
いる。朝までこうしていようよ、と言ったつもりではあったが、それが声になっていたのかいなかったの
か、もうわからない。朦朧とした意識のまま、ふと気付いたら屋内に戻り寝台に横たえられていた。寝か
しつける彼の手が離れていってしまいそうになるのでそれを掴んで引き止め、そのまま彼を抱き寄せる。
「今日さ、晴れてよかったな……」
「うん?」
「…来年も………晴れると……いいな………」
そうだね、と応える声が聞こえたような気がした。
そしてまたおまえと二人で星を見上げられたらいいな。
星に願い事をかければ叶うというのなら、そんな願いをかけたい。
もうすっかり目蓋も落ち、眠りの世界に引き込まれる。
けれど、目蓋の裏には先程まで見上げていた広い空とこぼれるほどの星々の煌めきが、いつまでも
残っていた。
(終わり)
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