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(11)
「そんなに凄い降りだったんだ」
「うん、そこのコンビニで慌ててこれ買ったんだ」
進藤が手にした傘を軽く揺らす。
それはどこにでも売っている、青いビニール傘だった。
「だけどさ、塔矢なら折りたたみ常時携帯って感じだけどな」
「そんなことないよ、朝出るとき降る気配なかったから」
僕たちは話しながら、エントランスの庇の下から通りへと歩き出した。
タン!
ビニール傘の表面を、雨粒が叩いた。
タタタタタ……!
勢いのあるその音は、軽やかにリズムを刻む。
「塔矢」
名前を呼ばれて隣に目をやる。
そして僕は一瞬の幻に捕らわれる。



青い海

僕はたゆたう。
明るい海の中を。
目の前ですいと揺れるのは、金色の魚。
目を奪われる、光。


(12)
話したりないと思っていたのに、僕はJRの駅につくまで、進藤とどんな話しをしたのか覚えていない。
でも、青いビニール傘の下で見た一瞬の夢は、いまでも強い印象となって僕の中に残っている。
緒方さんが言っていたっけ。
魚が泳ぐ様を眺めているだけで、癒しの効果があるって。
その話を聞いてから、僕は疲れを感じると目を瞑るようになった。
瞼の裏に浮かび上がるのは、青い水と金色の魚。
現実にありえない、でも僕にとって大切な幻は、いつでも僕を癒してくれる。

ぼくは夢の魚を飼っている。
       ――――瞼の裏に、心の中に。



進藤が写真をチェックしていた雑誌は、8月の末に発売された。
彼の誕生日が9月20日だと知った僕は、僕はその日のうちに、一本の傘を買った。

色は水色。

ビニールじゃないけど、あの日、進藤の肌を青く染めた傘を彷彿とさせる。



誕生日プレゼントだとは言えなかった。
言いたくなかった。だから、その日を前に僕は進藤に傘を渡した。


(13)
「前、傘に入れたもらったお礼だよ」
さりげなく言えたか、とても不安だった。
「おいおい、あれから何ヶ月たってんだよ」
進藤は笑いながら包装紙を破り、傘を取り出した。
凉しやかな水色が、この季節には少し浮いているのが残念だった。
でも、これは僕の自己満足だから。
「塔矢……」
進藤は、音を立てて傘を開いた。

―――パン!

乾いている傘は、高い破裂音を響かせる。
進藤は室内だというのに、開いた傘をさして見せた。
「傘ってさ…、千年たっても形かわんねえのな」
進藤がキュッと唇を引き結ぶ。
それは、涙を堪えているように、僕の目に映った。
「進藤?」
訝しげな僕の呼びかけに、進藤は笑顔を返してくれた。


(14)
「明後日、俺の誕生日なんだ」
僕は初めて知ったような顔を作る。
「一緒に遊びにいかねえ?」
進藤がくるりと傘を回す。
「どこに?」
青い水が、くるりと流れる。
「水族館」
僕はいまにも溺れそうな気分で、大きく息を吸った。
「なぜ?―――」
「塔矢に見せたい魚があるんだ」
「魚?」
「熱帯魚、ルリイロスズメダイっていって綺麗な青い魚なんだ」
「なぜ、僕に……?」
「おまえに似てるから」
そういって、進藤はふっと視線を外した。
どこか遠い瞳で、傘を見上げている。

「前から一度、塔矢と行きたいと思ってたんだ」

それ以上、言葉は要らなかった。
青いビニール傘の下で、進藤も同じことを感じていたと、僕は思った。
それは確信だった。


―――――水色の傘を選んだのは、大切な思い出があるからだ。


進藤の誕生日を二日後に控えた夕暮れ、それは僕たちの大切な思い出になった。



                    〜終〜



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