追憶 11 - 14
(11)
子供の浅墓な考えなのかもしれない。
ボクは何もわかっていないのかもしれない。
それでもボクは思ってしまう。
ボクがキミを好きで何が悪い?と。
ボクはキミが好きで、キミもボクが好きで、ボクたちは男同士だけど愛し合っていて、それのどこが悪い?
何を恥ずべき事がある?男だろうと女だろうと、そんな事、どうでもいい事じゃないか。
もしも詫びる事があるとすればたった一つ両親に、彼らの血を引く子孫を残してやれない事。それだけだ。
ボクが生きていくために必要な事。
碁を打ちつづけること。キミと共にある事。
必要なのはたった二つ。それだけあればいい。それ以外には何も要らない。
それさえあれば、ボクは生きていける。
逆に、それが無ければきっとボクはボクでいられない。
例えばもしもボクが碁を失ったら?
けれどボクの頭の中にはいつも十九路の世界があって、例えどんな状況におかれても、ボクがそれを思
わずにいる事はできないし、誰もそれを奪う事はできない。例え実際の盤や石が無くてもボクはボクの頭
さえあればボクは打つ事ができる。
ではもしもボクが彼を失ったら?
(12)
あまり考えたくは無いことだけれど、それでもいつか確実に別れはやって来るのだろう。
彼の意思によって。ボクの意思によって。
または個人の意思では抗いがたい状況によって。
それとも、彼かボクかの寿命によって。
彼を失ってしまったらボクはどうなるだろう。
きっと、どうもならない。
キミがボクの隣からいなくなってしまったら。
多分、ボクは泣いて、キミなしで、独りでなんか生きていけないって、泣いて、何もできずに、動く事もでき
ずに立ち止まって、うずくまって、でもいつかまた、時がきたらボクは立ち上がり、また歩き始める。
そうしてボクはまた一人になって生きていく。
キミが愛した、キミが憑かれた白と黒の石を手に、例えキミがいなくてもボクは生き続ける。
それでも。
ああ、それでもきっと、打つたびに、ボクはキミを思い出してしまうだろう。
キミならば、もしも相手がキミだったなら、ボクの今の一手にどう応えただろう、とか。
ああ、そういえばいつかキミがこんな風に打ってた、とか、キミだったらきっとこう打つだろうな、とか。
そして盤の向こうに誰もいない時にはキミとの一局を頭に描き、盤上に並べ、ボクはキミを思い出すだろう。
つまり結局は、ボクがボクである限り、ボクは常にキミと共にあり、キミから離れる事はできない。
キミと碁と、その二つと共にある事。
きっとそれはボクにとって「生きる」という事と同義だ。
ボクがこの世にあり、ボクがボクとして生きているという事は、それは即ち碁を打つことであり、キミと共に
あることだ。
どんな事が起きようと、何がどう変わろうと、きっとそれだけは変わらない。
ボクがボクである限り。
(13)
なら、キミは?
もしもボクとキミが一緒にいられなくなってしまったら、そうしたらキミはどうする?
もしボクがそんな事を口にしたら、そんな事考えんな馬鹿野郎、とキミは怒るだろうか。
考えたくも無いからやめてくれといって泣くだろうか。
かつてキミは何かを――誰かを失くしている。
時々キミがどこか遠くを見詰めるのに、ボクは気付いてないわけじゃない。
多分それはボクの持っているパズルのピースの一つ。
だからその事についてはボクは何も聞かない。
何かを得る事は何かを失う事なのかもしれない。
全ての出会いは、けれど必ず別れで終わるのだと、いつかどこかで耳にしたように思う。
それでも、何を失くしても、例え碁を奪われてもキミを失っても、それでもボクは生きていく。
這いつくばってでも、石にかじりついてでも。人から罵られようと、見捨てられようと、かえりみる人が
一人もいなくなっても、それでも生きている限り、ボクはしがみ付いてでも生きていくだろう。
だってボクは何かを諦めるなんて言葉を知らないんだ。
得たものは全て失いたくないんだ。失うつもりなんて無いんだ。
キミと碁と、それだけは何者もボクから奪う事は出来ない。
ならばボクは生きている限り、ボクである限り、ボクは何も失わない。
だから、どうかキミも。
できる事ならキミにもそうして欲しいと望む事は、きっととてつもなく我儘な事なんだろう。
そうして例え自分がキミの前から消えてしまっても、キミには死ぬまでボクを思いつづけていて欲し
いと思うほど、ボクは強欲で傲慢だ。
(14)
キミを得た事で失ったものが無いわけじゃないだろうけれど、そんなもの、一つも惜しくはない。
例えば穏やかで平凡な家庭だとか、誰にでも祝福される結婚だとか、かわいい子供だとか。
あの人の優しい手も、もしかしたら両親の信頼も、周囲の人々の好意的な目も、キミのご両親の夢
や希望や、そういったものを全て壊してしまったとしても、それでもそれよりもキミが欲しい。
例え何を失ったって、キミに勝るものはない。
キミを愛してる。
それだけでもういい。他には何も要らない。
そうして全てを引き換えにして得たキミさえ、いつかボクは失ってしまうのかもしれないけれど、でも
今は、今はまだキミはここにいる。温かいこの身体は現実だ。
「進藤、」
そっとキミの名を呼ぶ。
「…なに…?塔矢……」
ぼやけたような声が返ってくる。
こんな時間にやっと起きたと思ったのに、もしかして、まだ寝たりないのかい?キミは。
多分無意識のうちにキミの手がボクの髪を撫でていて、馴染んだその感覚が心地良くて、だから、
ボクはその温かな身体をぎゅっと抱いて、自然にその言葉を口にした。
「愛してるよ。」
「……何だよ、いきなり。」
一瞬の間の後にキミは答え、そして可笑しそうにクスクス笑う。まるで半分寝惚けてるみたいに。
だから、目が覚めて、日常が戻ってきたら忘れてくれて構わないから、もう一言だけ言わせてくれ。
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