偽り 11 - 15
(11)
談笑する声が聞こえる喫茶店で、オレと塔矢を囲む空間だけが
時が止まっているかのように静かだった。
塔矢・・・・。
自分の顔をまっすぐ見つめる塔矢アキラの瞳。
アキラの目を見たとき、ヒカルの頭の中でその時の記憶が
フラッシュバックした。
思い出したくもない。
自分の家に届けられたいくつもの写真、塔矢アキラの痴態・強姦シーン、
屈辱にゆがむ顔、あからさまに取られた行為後の秘部・・・。
あらゆる陵辱のすべてが写真に収められていた。
同封の録音テープからは、アキラの叫びと嬌声・喘ぎ・息遣い、
男達の歓喜極まる笑い声が入って写真の生々しさを強調する。
その時の自分の感情をどう表現したらいいのか・・・。
ライバルと想い人である塔矢アキラに突如降った悪夢・・・。
当時の自分と塔矢。
「なんでやらせるんだよ!!自分に隙があったんだろ!!!!!」
「そ、そんな!」
いつもの美しい端麗な塔矢アキラの顔は、悲しみに歪み・・・
みじんもなかった。
オレの発する言葉がナイフのように塔矢を切り刻んでいく。
「聞いてくれ・・・進藤」
「おまえはオレのモノなのに!それなのに・・・・
おまえはオレを裏切った・・・」
「し・・・・んど・・・う・・・」
そこまでいった時、「しまった」と思った。
塔矢は、表情をなくした。
(12)
どうしてあの時のオレは塔矢を傷つける言葉しか云わなかったのか・・・。
彼は自分に助けを求めていた。
塔矢が被害者で、無理矢理強要されたのはあきらかだったのに・・・。
泣きたいのは塔矢で、ひどいことをされたのは塔矢で、
強姦された塔矢には何の責任もないのに。
なんか裏切られたと思った。
その時の塔矢の顔・・・あれは一生忘れることは出来ないだろう。
誰がなんの為になんの目的で、自分に送りつけたのかついに分からなかったが、
あの時のオレは塔矢に問いつめることしかしなかった。
若さ故の過ち。子供の自分。ちっともその時の塔矢の気持を重んじて
行動する事はなかった。逆に追いつめて・・・。
それからのオレは塔矢の顔も見るのも辛かったから、わざと避けたりして
気持を押さえてきた。
でも収まりきれなくて、遊びに来ていたあかりと何度となく寝た。
肉の快楽。塔矢とする事がなかった行為。
想い人であるアキラと自分は結局することはなかった。
(13)
塔矢アキラが好きだった。碁を打つ真剣さも普段のあいつも。
塔矢のあの事件は自分にとってかなりの衝撃だったのだろう。
悔しさとなぜ彼がという思いが交差する。
正体が分からない犯人より油断した塔矢に憎しみが湧く。
あかりと身体を繋げていると気持が落ち着くが同時に沸き起こる罪悪感。
いつしかあかりを塔矢に見立てて行うこともあった。
そんな時は、あかりに申し訳ない気持でいっぱいだった。
大切な幼なじみで唯一の女友達、妹であったり姉であったりした彼女。
そんなあかりを粗末に扱う自分自身にやるせなさを感じつつ止められない。
あかりの方もオレの状態に感づいているようだったが、何も云わなかった。
オレはだんだん、精神が不安定になっていき碁にも影響し始め、せっかく
本因坊を取り逃がした。佐為のために、本因坊を・・・。
佐為を想い、自分に誓いを立てて粘ってきたのに。
なんのために勝ち抜いてきたのか・・・ごめん佐為!
なんかすべての原因が塔矢のせいのように思えた。
(14)
あの日以来からずっと塔矢をさけるという状態がつづいた。
時々棋院で目があった時、露骨に避けたオレを見て塔矢は、
一瞬悲しそうな顔をしたが、すぐ素に戻りヒカルの前を後にした。
もう彼とは二度と元に戻れないような気がした。
あかりに子供が出来、彼に心を残したまま結婚する。
あの時から16年間、オレと塔矢は見事にすれ違い、
お互いの事に干渉しなくなった。
いつしかあからさまに避けることはしなくなり、
知り合い程度の挨拶は出来るようになった。
棋士と棋士の関係。
タイトル保持者としてのいそがしい長い年月と家庭のいざこざで
いつしか塔矢のあの事件が自分の中で風化し始め、今忘れかけていたという
事実に直面する。
もともと自分とって悪い記憶はすぐ忘れる性質らしい。
彼をあそこまで傷つけておきながら、今自分勝手に戻りたいと
願っている。オレって、ほんと自己中で変わってない。
彼の中では、今はどうなのか・・・。
塔矢はオレを恨んでいる?
「進藤?一体どうした」
ヒカルの顔がみるみる歪むのを見て取れたアキラは、びっくりし
真剣な面持ちで覗き込んだ。
「ごめん・・・塔矢」
昔と今をひっくるめ、オレは塔矢に謝罪した。
(15)
オレは芦原を連れ、目的である喫茶店のすぐ前までやってきた。
棋院近くの喫茶店は、雰囲気が良く、カップルや学生、社会人達の
待ち合わせとして使われることが多い。よって結構繁盛している。
一度アキラを連れていった事がある。
その頃には、もうアキラと深い仲になっており、
手合い後、恋人の逢瀬として逢っていた。
席も決まっている。奥まった所の角・・・
そこは仕切られてて他の席と離れているため
自分たちだけの空間が出来る。もってこいの場所だ。
秘密の話や人との煩わしさにうんざりしてる時なんか特に良い。
オレはいつもそこで時間を潰していた。
いつものようにそこの席に着こうと思い、気の乗らなさそうな芦原を促して
店に入る。
だが、お気に入りのいつもの席はふさがっていた。
「ち!」思わず舌打ちをする。
仕方がない、少し前の後ろの席でいいか・・・。
緒方は、奥へゆっくり歩き、芦原もそれにつづいた。
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