アキラとヒカル−湯煙旅情編− 11 - 15


(11)
「あ、ああ・・・あいつらは?」すげーびっくりした。
「布団敷きの方に手伝ってもらって寝かしてきました。二人ともぜんぜん起きないんです。」アキラは少しふくれたような表情をする。変わんねえな・・・ふっと加賀の表情が緩む。
幼いアキラも良くふくれっ面をしていた。小さくて大人しそうな顔をしてるくせに、気が強かった。可愛らしいアキラは年上の子の玩具でもあった。いじめというわけではないが、何かと構おうとする子供が多かった。
そんな子供達に対してアキラは果敢にも向かって行こうとするのだが、ガキ大将の加賀が、すぐ助けに入ってしまう。そんな時、アキラはふくれっ面をして「てっちゃん嫌い。」と言い放つのであった。
「あの・・・?」加賀の思い出し笑いをアキラが不振そうな目で見ている。
提灯の灯りでライトアップされた露天風呂のすぐ先には渓流が流れている。水面にも満月がゆらゆら揺らいでいる。鹿でも覗きにきそうな山奥の温泉にアキラと二人浸かっている。なんだか不思議な気分だった。
「ふうっ、熱い。」突然アキラがザバッと湯から上がり岩の上に座った。露天風呂は温度が高めに設定されているのか、確かにずっと浸かっていると熱くてのぼせそうになる。加賀もさっきまで岩に腰掛けていたのだ。
月の光に照らされたアキラの白い裸体・・・細い首筋から胸元、胸元から腰、と月の絵の具が美しいラインを描いている。細く引き締まった臍回り、手拭で隠された部分からしなやかに伸びた脚・・・。
―――ヤベ・・・加賀は下半身を押さえた。
「熱くないですか?」アキラが涼しい顔で聞いてくる。熱い、ほんとは死ぬほど熱かった。だが、こんな状態で湯から上がるわけにもいかず加賀は「いや。」と出来るだけ平静を装って答えた。
アキラが体を洗いに浴場へ行って、やっと、加賀はゆでだこ地獄から解放された。
「どーすんだよ、コレ。」己の分身を眺め、加賀は大きなため息をついた。


(12)
初恋の人アキラが実は男だったことを知ったのは、アキラが小学校に上がった頃だった。初めは大変なショックを受けた。それでも弟を世話するような気分で一緒に囲碁教室に通ったり、遊んだり、相変わらずアキラの世話を焼く日々が続いていた。
あの日、囲碁教室からいなくなったアキラを加賀は探していた。いつも加賀と一緒に帰るアキラなのに、トイレに行ったまま、帰る時間になっても戻ってこなかった。
テナントが入ってない階のトイレでやっと見つけ出した時、アキラは大きく両脚を広げられ、その股間には中年の禿げたおやじが顔を埋めていた。口にガムテープを張られたアキラは泣きじゃくりながら大きな瞳をこちらに向けた。一瞬ゾクリとした。
その後の事はあまり覚えていない。たぶん頭が真っ白になり、モップかなんかでおやじを叩きのめしたと思う。アキラを守りきれなかったことはショックだった。だが、それよりもあの光景のアキラに己の性が反応してしまった事がよりショックだった。
だが、体は正直で、その一件以来、アキラを思うと体が熱くなった、自慰も覚えた。
その頃から、加賀はアキラを次第に避けるようになった。意識しすぎてしまった結果だった。アキラが加賀を慕ってくればくるほど罪悪感に苛まれた。守りたい相手への欲望と同性に対する欲望は加賀を苦しめた。
アキラに知られたくなかったし、気持ちを抑えて接するのは辛かった。
加賀に居留守を使われたアキラの哀しそうな顔は、しばらく加賀の胸から離れなかった。
――ガキだった・・・。あの頃のオレは他にどうすることも出来なかった。
アキラが加賀にわざと負けたのも、その頃だった。
その後加賀の家は引越し、囲碁教室も辞め、アキラとの接点は無くなった。それでも、時々アキラを見に行ったりしていた。月日を重ねるにつれ、加賀の辛かった思いは、ガキだった頃の切ない恋の思い出へと昇華されていった。
それなのに・・・今、再び目の前に現れた塔矢アキラが、あの頃の熱をそのままワープさせたように、加賀の心を狂おしく乱し始めていた。


(13)
だが、ガキの不器用なボタンの掛け違えとはいえ一度は無理矢理覚ました熱情だった。このままやり過ごせば、また何事もなかったように、日常が戻ってくる、・・・そこまで考えて加賀はふっと自嘲した。
・・・らしくねえな。
泣く子も黙る加賀鉄男が塔矢アキラひとりに、振り回されている。
・・・あいつはオレのこと覚えてもいねーのに。
「お先。」
乱れた感情に蓋をして、加賀が浴場をあとにすると、アキラが慌てて追いかけてきた。
「ボクも一緒に行きます。」
「い、一緒って・・・。」
「ボク達の部屋、布団二組しか用意されてなくて・・・、布団敷きの方がご老人だったので、進藤達を抱えてもらった上、余分の布団持ってきていただくのが忍びなくて・・・だからそちらで一緒に休ませてください。」
アキラは少し息を切らしながらそこまで言い終えると、体の雫をあわただしくタオルで拭った。
・・・まずいだろ、それは・・・加賀は狼狽した。
おまえとひとつ部屋で寝ろって言うんかよ・・・。
だが、それと同時に、突然、蓋をしかけた熱情が再び堰を切ったように溢れ出した。アキラとの思い出の続きを見せられているような錯覚に、甘美な感情が湧き上がるのを抑えられない。
アキラは浴衣を羽織ると、器用な手つきで浴衣の帯を結んだ。
「上手くなったもんだな。」
えっ、というようにアキラは加賀を見上げた。優しげに自分を見つめる瞳に出会う。
「ガキん頃は不器用でちゃんと結べなくて、半べそ掻いてたのによ。」
アキラは、しばらく不思議そうに加賀を見つめていた。
だが、あっ、と呟くと、顔色が変わり、小さく震えた。そして、きびすを返しさっさと脱衣所を出ようとする。


(14)
「待てよ。」
細い腕を捕まえると、アキラは駄々っ子のように抗った。
「こっち向けって。」
加賀に両肩を捕らえられ、眼上の加賀と対面する形となった。
アキラは、例のふくれっ面をして加賀から目をそらした。
「なに怒ってんだ?」
聞いても目をそらしたままで、何も言わない。
「・・・おら、部屋行くぞ。」。
アキラは無反応のままそっぽを向いている。なぜ急に不機嫌になったのか、訳がわからんが無理強いしてまで連れてゆきたくはない。
「じゃ、進藤の布団にでも潜り込んで寝ろ。オレはどっちでもいいぜ。」
そう言って加賀が歩き出すと、アキラはしばらく加賀の背中を睨んでいたが、すぐ大人しく後をついてきた。後方にアキラの気配を感じると、加賀は複雑な心境だった。
・・・眠れねえな、今夜は・・・。
加賀達の部屋は、ヒカル達の新館とはロビーを挟んで反対側にあった。比べるとエレベーターからして作りが古い。加賀達の部屋は5階にあった。
エレベーターを降りると、新館に比べ天井が低く、細い廊下の赤絨毯をふたりは無言で歩いた。薄暗い廊下は少々辛気臭く、加賀はふと、場末に流れてきた男女の末路を歌った歌を思い浮かべた。
「おっと、ここだ。」
加賀が部屋のキーを差し入れる。
「おまえらの部屋と比べりゃ、かなり狭いがな、入れよ。」
加賀が促す。アキラは一瞬躊躇するが、促されるまま部屋に入った。明かりをつけると二組の布団が既に敷かれてあった。


(15)
「どっちでも好きな方に寝ていーぞ。」
しっかり密着させて敷いてある布団をずらすと、加賀は冷蔵庫から缶ビールを取り出す。
「おまえも飲むか?」
アキラはすみの布団に座ってかぶりを振った。冷えたビールを一気に胃に流し込む。温泉で少しアルコールの抜けたところに新しい刺激が心地よい。
「はーっ、うめえっ。」
加賀は窓を開けて眼下に広がる空間を見た。暗闇に藁葺き屋根が浮かび上がっている、たぶん露天風呂への渡り廊下の屋根だろう。窓を閉めてアキラを見ると、相変わらず背中を向けて正座している。
「何年ぶりだろうな?おまえと会うの・・・オレはすぐわかったぞ、おまえだって。それが塔矢アキラです、なんてはじめましてみてーなご挨拶された日にゃずっこけるぜ。」
「そ、それは・・・。」
アキラは言いかけて、やめると、再び加賀に背を向けた。
「おまえ、やっぱ変わんねえな。大人しそうな顔して、丁寧語カマしてるが、怒るとあの頃のまんまだ。ぷりぷりして手がつけらんねえっつーかなんつーか。」
黙っていると空気が妙な方にいってしまいそうで加賀はひとりで喋り続けた。
「・・・ら・・・くせに。」
ボソリとアキラが呟いた。
「え?」
「ボクから・・・逃げたくせに。」
責めるようなアキラの瞳が加賀を貫いた。
逃げたと言われれば、その通りだった。抱いてしまうのが恐くて、彼から逃げたのだ。
・・・それで怒ってたのか?一瞬目が合って、アキラは再び目を背けた
「ずっとボクを避けてた・・・あの事が、あってからずっと。」
アキラの脳裏に囲碁教室のトイレでの忌まわしい出来事が蘇る。助けに来てくれて嬉しかった。それなのに、あれからずっと、加賀から避けられているような気がした。
「ボクが汚いから・・・なんだろう?」
搾り出すような声が加賀の胸を抉った。



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