闇の傀儡師 11 - 15
(11)
湯の表面にはふわふわとした泡が浮かんでいるらしかった。強烈な香料の匂いが鼻につく。
バラか何か、そういった匂いだ。
浴槽の底にすぐに尻がついて、顔を縁に乗せられた状態になった。そしてスポンジのような物で
体が洗われていく。隅々まで丁寧に、あらゆる部分まで。
夢だ、とヒカルは唇を噛み締め、といっても口元すら動かなかったが奇妙な感触に耐えた。
髪まで洗われ、次いで激しくシャワーを浴びせられた。
「ぷわあっ!」
何も見えない、動けない状態でそうされるのは物凄い恐怖だった。暫く息が
出来ず、ヒカルは何とかシャワーを遮ろうと手を動かそうとした。
「ごめんごめん、勢いが強過ぎたね…」
ほとんど気を失いかけた時にようやくシャワーの勢いが弱くなり、ヒカルは激しくむせ返った。
そうしてぼんやりと周囲を眺めると、はっきりとはしないが光の中で巨大な何かが動くのを
感じた。
「…おや、何か見えるのかい?…少しずつシンクロ率が高まって来たようだね。」
男のその言葉の意味がヒカルには良く判らなかった。だが、少なくとも顔の表情が
思うように変えられるようにはなっていた。ただ手足はまだ重いままだった。
全身をタオルで包まれて水滴を丁寧に拭き取られると、ベッドに横たえられた。
「湯上がりの良い色合いになっているよ、ヒカルくん…」
そうして、男はヒカルの両腕を持ち上げると手首に何かをゆっくり巻き付け始めた。
ぼんやりとしか映らないヒカルの目に、それが赤い紐である事がわかった。
その瞬間ヒカルの頭に写真の事が浮かんだ。変な縄目模様に全身を縛られた人形。
「やー…っ」
ヒカルの口から悲鳴が漏れた。
「声も出せるようになったんだね。いいよ、ヒカルくん。もっと叫んでいいんだよ。」
(12)
男はそういって手際よくヒカルの全身に縄をかけて行く。
ところどころで容赦なく紐を引き絞られ、湯上がりのほのかにピンク色に上気した
柔らかい皮膚に食い込んで行く。
その度にヒカルは呻き、悲鳴をあげた。両手は頭の上の方でベッドのヘッドに縛り付けられ、
足を閉じて伸ばした状態でとにかくぐるぐると体のあちこちに紐が回されていく感じで、
最後に股間を通り、恐怖で萎えたヒカル自身を2本の紐で挟むようにして絞られる。
「く…くうっ…」
ただでさえ動けないのにさらに拘束され、人権を無視した行為にヒカルは怒りを覚え始めた。
「綺麗だよ、ヒカルくん。思った通り君の肌に赤い紐がよく似合う。」
男はそう言ってため息をつくと、ヒカルの体に手を伸ばして来た。
それを感じてヒカルは身を引こうとしたがどうにも出来なかった。
男の指が紐が食い込んだヒカルの体のあちこちを撫で回す。足の甲から順にひざ、ももへ、
そして腹部に。
強い嫌悪感でヒカルの全身の皮膚が泡立った。
局部の周囲を撫でるが肝心の場所には触れず、指は先に周囲を囲むよう縄がかかった
胸の突起のところに来た。
「ふんっ…!」
ヒカルの鼻からくぐもった吐息が漏れた。
指の腹が両の突起に軽く触れ、小さく円を描くようにして優しく愛撫する。
「うんっ…!んんっ!」
瞬時にヒカルの頬に赤みがさす。何の抵抗も拒絶も出来なくてそこは特に敏感になっていた。
(13)
男の指の腹の中でヒカルの胸の両の突起は瞬時に固く凝り、くりくりと転がった。
「んっ…ふう…んっ…」
男から与えられる快感に身を委ねまいとヒカルは唇を閉じる。だが生理的にそういう刺激を
受けてどうしても下半身の中心に熱いものが集められていく。体内で何かがざわめく。
ヒカルはまだ性体験がなかった。
本来なら年齢的に寝ても覚めてもそういう事を考えてしまうものだが、碁に集中する事で
解消していたところがあった。だから体がそういう刺激に慣れていなかった。
「ヒカルくん、君の大事なところがすごく大きくなっているよ。」
「…!」
羞恥心でヒカルはカアッと赤くなる。
根元を縄で押さえ付けられながら2本の赤い紐の隙間からヒカル自身が頭を擡げて
切なく震えている。指摘された事でさらにそこに神経が集中してしまい男の指が強弱をつけて
乳首を嬲る度にぴくりと跳ね上がり、先端から透明な雫を滲ませる。
片方の乳首に愛撫を続けながら男のもう片方の指が体の中心をなぞるように下へ移動し、
熱く脈打つヒカルのその部分の先端に触れた。
「う、んっ…!」
今度はヒカルの全身が跳ね上がるように震えた。
「すごく固くて熱くなっているよ…」
根元から先端を撫で摩るように男の指が動く。紐がかかっって二つに分割された袋を
やわやわとくすぐるように揉む。
「やっ…っ、んっ…っ!!」
体の奥まで痺れるような甘い刺激から逃れようとすれば首や手首、股間などのあらゆる箇所で
縄が皮膚に食い込み、苦痛となる。痛みと快感の狭間でヒカルは身悶えた。
(14)
「今にも弾けそうだよ、ヒカルくんのここ…」
そう言って男は胸元の方の手を開いて人さし指と親指で両の乳首を責め、
下の方の指の動きも早めて一気にヒカルを追い上げていく。
「ああっ!は、ああっ!!」
ヒカルは目を潤ませ、全身に汗を滲ませる。呼吸が荒く早まり、そして一瞬全身を強張らせると、
「んん〜」と小さく唸った。全身が痙攣し、一気に何かが外へ向けて駆け抜けていった。
「はあっあ…!!」
全身に汗をびっしょりかいてヒカルは自分のベッドの上で目覚めた。
「…あ…?」
寝る時に着ていたジャージの姿だ。頭の上の方に伸ばした両手をそーっと戻す。
縛られてはいない。だがジャージのズボンの方は中心が温かくべったり濡れている。
射精感は現実のものだったのだ。
「最低…」
到達したそのままに心臓が激しく脈打っている。ヒカルは自分に呆れたように髪に手をやった。
その時髪が濡れているのに気がついた。
汗のせいではない。風呂上がりのような湿り具合だ。
ガバッと起き上がって手首を見るとくっきりと縄の痕がついている。
ジャージを剥ぐと腹や胸部、股関節のところにも赤く皮膚が擦り切れた状態になっていた。
そして髪からほのかに匂うバラの香り。
頭の奥が痺れるように痛む。全身の縄の痕の箇所が熱を帯びて腫れ上がって来ていた。
ヒカルは軽い目眩を覚え、唇を噛み、両手を握りしめた。
「…何なんだよ…!これ…!!」
(15)
体に残った訳の判らない痕を目にしていると吐き気が起こってきた。
ヒカルはフラフラと階下に下りてバスルームに入り、シャワーを浴びる。
紐の痕と髪に残るバラの香りを消したかった。
だが皮膚に刻まれた模様は熱いお湯に反応して一時的に一層赤みを増し、膨れ上がって
くっきりと立体的にどのように体に縄が掛かっていたかを詳細に示す。
あの人形がされていたものと同じ模様だった。
ヒカルは自分の体を両手で抱えるようにしてその場にしゃがみこんだ。
『…少しずつシンクロ率が高まって来たようだね。』
男の声が蘇り、ハッと顔をあげる。シンクロしている?あの人形に…!?
バスルームを出るとまだ早朝にもかかわらず母親が台所に立つ気配がし、ヒカルは慌てて
腰に巻き付けたバスタオルともう一枚バスタオルで上半身をしっかりくるんだ。
「あら、珍しいわね、ヒカル。夕べも言った通り冷蔵庫にいろいろ置いていくから
ちゃんと食べなさいね。」
「えっ?」
何の事?と言いたげなヒカルの視線に母親が呆れたように振り向く。
「だからお友達と旅行に出かけるって言ったでしょ。お父さんの出張先にも寄るから
帰りは明後日になるって。御留守番頼むわよ。」
玄関先の廊下には既に母親の旅行鞄が用意されている。
ヒカルは呆然となった。今この家に一人になることは嫌だった。
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