sai包囲網・中一の夏編 11 - 15
(11)
初心者と熟練者、拙い一手と巧みな石運び。あまりにもそのギャップ
が激し過ぎる進藤。緒方さんは神か化け物かと言っていたけれど、千年
前の碁打ちの幽霊が彼の中に潜んでいるきなら、確かにその通りだ。
「オレの話はこれで全部だよ。信じるも信じないも、勝手だけどな」
それでも、本当のことを話したんだから、saiの秘密を黙っていて
くれよと、進藤は言った。
「もう、saiに打たせる気はないの?」
「佐為にはこれからもネットで打たせてやるつもりだったんだ。ネット
碁ならオレを通してじゃなく、佐為が佐為として打てるから。でもさ、
さっき、おおさわぎになってるって・・・あれは嘘じゃないんだろ?」
「嘘でも誇張でもないよ」
「だからさ、もう・・・」
その傍らにsaiがいるかのように、進藤が右側を見る。いや、確か
にそこにいるんだ。少なくとも進藤の中では、saiが・・・。
「なら、ボクと打てばいい」
「えっ、塔矢と?」
「saiの正体を知ってるボクととなら、思う存分打つことができる。
それに、ボクもまた、あの素晴らしい打ち手と対局した・・・」
「だ・・・ダメだ!」
ボクが最後まで言い切るよりも早く、進藤が拳を握り締めて立ち上が
った。その勢いに僅かに飲まれながらも、ボクは問い返した。
「なぜ?」
「オレは、オレは!おまえとだけは、オレ自身の力で打ちたいんだ!」
でも、ボクには、打ち手としてのキミはいらない・・・。
(12)
「な、なにするんだよ、塔矢!」
テーブルを越え、無理矢理に進藤の身体をソファに押しつける。その
拍子に、灰皿やペットボトルが薙ぎ落とされたが、かまうことはない。
「キミがsaiと打たせてくれるまで悠長に待っていられるほど、ボク
も気は長くない。打ちたくないと言うのなら、打ちたくなるようにし向
けるまでだ」
「なんだよ。オレを殴ってでも、saiに打たせる気かよ!」
卑怯だぞ!そうがなり立てる進藤は、こうやって近くで見ると、尚更
小柄で頼りがない。ボクですら、こんなに簡単に動きを封じてしまえる
ほどに。
「殴るなんて、バカなことはしないよ」
「じゃあ、この手を離せよ」
「離したら、みすみすキミを逃がすだけなのに?」
こんな機会はきっともう二度とない。諦め悪く暴れる進藤に、先程、
隠しておいたセロテープで、後ろに回した両方の親指を一まとめにする
ようにぐるぐる巻きにした。
「うわっ、なんだよ、これ」
「くすっ、けっこう丈夫なんだよ、セロテープって」
念には念を入れて、手首のところにてもテープを巻いておく。ぐるり
と反転させた進藤の身体を、ソファの上に突き放した。
「おまえ、こんなこと、どういうつもりなんだよ!
「理由は簡単だよ。saiといつでも好きなときに打つために、キミを
ボクのものにすればいい・・・」
そうだろ?座った姿勢のまま進藤の足下に座り、ハーフパンツの脚に
触れる。びくっと身体を引いた進藤が、怯えたような目でボクを見下ろ
して来た。
「と、塔矢、お前のものって・・・?」
(13)
「どんな人間もね、痛みより快感に弱いそうだよ。試してみる?」
「試すって、何を」
「キミが、ボクなしではいられないように、キミに抱かれる快感を教え
てあげるよ」
そうすれば、キミは何でもボクの言うとおりにするしかないだろう?
一瞬、呆気に取られていた進藤だったけれど、意味だけは通じたのか、
「バッ、バカ!オ、オレは男だぞ!?」
羞恥で真っ赤になりながらも、お決まりの文句を返して来る。
「男同士で、そんなことができたら、おまえ、変態だからな!」
「安心していいよ。ボクもまだやったことはないから」
にっこりと下から微笑んで、進藤の頬に手を伸ばす。思った以上に柔
らかい感触。そのまま唇にも触れ、肩先から胸元に指を落とした途端、
進藤は暴れ出した。
「触るんな、バカ野郎!」
「うるさいよ」
ボクを罵倒する口を塞ごうと、唇を合わせ、進藤の意識がそちらに向
いた隙に、片手でハーフパンツのボタンを外し、ファスナーを下ろす。
ぎょっとしたように見開らかれた大きな目。そのまま引きずり下ろした
パンツとスパッツに、片方だけ靴下も脱げ、何も身につけていない素足
が現れた。進藤は、足の指も小さく柔らかそうだった。
足の甲を掌で包み込むように撫で、指で足の裏を探る。身体を動かす
のが得意そうな進藤らしいしっかりとした土踏まず。指の間を指先でな
ぞっても、進藤は表情を固めたまま動かない。
ボクは迷わず、その細くて小さな親指を口に含んだ。
「ひっ!」
思わなかった感触に、引かれそうになった足首をもう一度捕まえて、
指とその間を舐める。その度にびくっびくっと動く進藤の反応が楽しく
て、何度もそれを繰り返した。
(14)
「やめろ!塔矢、汚ねぇてば、塔矢!」
「黙れよ」
「やめろって!」
それでも止めずに舌を這わせたり、指を銜えたりしているうちに、喚
き散らしていた進藤の声が段々と掠れ、湿ったような吐息が混じり始め
て来た。
「はぁ、ん、やめろ・・・」
見上げる進藤の表情はどこかぼうっとして、視点が定まっていない。
正直、足の指だけでこんなに感じるなんて、思ってもみなかった。進藤
の感度がいいのか、それとも誰でもそうなのか、今は確かめる手だても
ない。なら、そんなことにはかまってるより、目の前のことに集中した
方がいい。
「ん、ふ・・・」
唾液に濡れ、ブラインドの隙間から注ぐ太陽光を弾く白い足に、まる
で違うものを舐めているような気分になる。
足首から下に余すことなく愛撫を施し終わった頃、進藤はぐったりと
その小さな身体をソファに沈めていた。まだTシャツと下着はつけてい
るものの、だらしなく白い脚の内側が晒され、片方だけ残った靴下が、
余計に淫らな行為をしているのを感じさせた。
半分放心したようなピンクの頬を軽く手の甲で叩いて、こちらに意識
を戻す。
「進藤、見てごらんよ。キミのここ、どうなってる?」
指さした彼の身体の中心の反応に、進藤が声もなく目を見開いた。
(15)
「やっ・・・!?」
もし、両手が自由に使えたら、すぐにでも覆ってしまいたいだろう。
隠しきれない高ぶりに、進藤の爪先から耳たぶまでが真っ赤に染まる。
いっそ潔いくらいの顕著な反応に、思わず笑ってしまった。
「進藤は敏感だね」
「おま、お前が変なとこ、舐めるからだろ!」
「じゃあ、今度は他のところにしようか?」
「えっ?」
抵抗する暇も与えず、残っていた下着を膝まで引っ張り下ろす。薄く
残された脚の付け根の水着の痕。まだ産毛の延長のような茂み。そこを
指一本で辿りながら、先端を濡らし始めている進藤のものを口に銜えた。
「塔矢!」
驚愕、非難、苦痛。その全てが混じったような甲高い悲鳴。こんなに
簡単に他人のものを触れることができるとは思っていなかった。いや、
他人じゃない。進藤の心も身体も、全てボクのものだ。どこかにそんな
意識があって、ほとんど抵抗なく口にすることができたのかも知れない。
「やだ、塔矢!」
他人に性的な施しをした経験はないけれど、ボクは自分でも耳年増な
自覚はあった。幼い頃から家に出入りする門下生たちが、酒の席やちょ
っとした冗談に紛れて零す、淫靡な会話。そのときは意味すら分からな
かった内容が、後で霧が晴れるように理解できて思わず赤くなったこと
もあった。そして、ボク自身が性的な欲望の対象として見られていたの
に気がついたのも、ずっと後だった。父や門下生の筆頭である緒方さん
が睨みを効かせてくれなかったら、どうなっていたか。芦原さんが宴会
の度に、まるでボクの保護者のように付き添っていた意味も、今なら分
かる。
|