光明の章 11 - 15
(11)
「────!!」
男は荒い息を吐きながらヒカルの膝裏を持ち上げ、容赦なくヒカルを突き上げた。
瞬間、激しい痛みがヒカルの下肢を走り、同時に身体中の筋という筋が張った。
男は狂ったように出入りを繰り返してはヒカルを何度も何度も責めたてる。
そして額にうっすらと汗を滲ませながら、男は初めて知る、
女とは全く違う具合の良さに歓喜の咆哮を上げた。
「イ、イイ…すげぇイイぞ、コイツ」
己の限界に合わせ、男の動きがさらに激しさを増す。
越智ともアキラとも違う重みを受け止めきれず、ヒカルは大声を上げた。
「うああああッ」
白く点滅する意識の中、ヒカルは考える。
見知らぬ男に好き勝手に貫かれ、木偶のように揺さぶられ、
無遠慮に内部を掻きまわされる事が本当に自分に与えられた罰なのだろうか?
──どうせ罰を受けるのなら、アイツからがいい。…こんなのは絶対に嫌だ!
「…ちくしょう、離…せ!お…前らなんか、絶対に、嫌だ…!!」
「もう遅えよ」
暴れるヒカルの腰をしっかりと固定すると、男は低く呻いて勢い良く射精した。
中に収まりきれない液体が溢れ出て、ヒカルの秘所を濡らす。
男が動く度にぐちゅぐちゅとイヤらしい音がそこから響き、
順番待ちをしている男たちの欲望をさらに煽るのだった。
ヒカルはあまりの羞恥に涙が流れた。
「……イ、ヤだぁ…もう離して…よ」
「─おい早く交代しろ!こっちは限界だ」
別な男がヒカルの上にまたがり、暴発寸前の昂ぶりをヒカルに咥え込ませようとする。
泣きながらも顔を背け拒むヒカル。
「まぁ待てよ。あと一回くらいいいだろ」
リーダー格の男は滑りの良くなった箇所からなかなか出ようとはせず、
再びゆっくりと律動を始めたのだ。
ところが何故か突然、男がヒカルから身体を離した。
ヌルリと抜け出る感触にヒカルの肌が粟立つ。
もう1人の男も下半身を剥き出しにしたまま後ろを振り返った。
そこには股間を押さえてうずくまるリーダーと、
角材を手に不敵な笑みを浮かべる若い男の姿があった。
「こんなオスガキ相手に盛ってんじゃねぇよ、万年タンクトップ野郎!」
(12)
突然の乱入者はうずくまったまま痛みに声も出せない男の背中を強く蹴り上げ、言った。
「男に手を出すほど不自由してたのか…女日照かよ、この町は」
「何モンだ、てめぇ!」
ヒカルの両手を拘束していた男が声を荒げて乱入者に飛びかかった。
──今だ!
ヒカルはパーカーの袖で涙を拭くと、自分の上にまたがっている男の大事な部分を
両手できつくねじり上げた。
「ギャッ」
無体な仕打ちに男が悲鳴をあげ腰を浮かせた瞬間、
ヒカルは両手を組み、満身の力を込めて男の脇腹を横殴りにした。
不意を突かれた男の身体は右から左へ難なく倒れる。
自由になったヒカルは、脱がされた衣服を手繰り寄せ、素早く身につけた。
そして、救世主の正体を知り愕然とする。
「…加…賀?」
自分の為に闘ってくれているのであろう加賀の姿を、
ヒカルは複雑な面持ちで眺めていた。
久しぶりに会えた喜びより、こんな場面を見られた事の衝撃の方が大きい。
込み上げてくる羞恥心と己の腑甲斐無さに、胸が苦しくなる。
ヒカルは軽い眩暈を覚え、ぺたんとその場に座り込んだ。
途端、加賀の檄が飛ぶ。
「馬鹿野郎!のんきに座ってねぇで、とっとと逃げろ!」
切羽詰った加賀の声が耳に届き、ヒカルはハッと弾かれたように顔を上げた。
道路側に目をやると、加賀が倒したと思われる2人の男がぐったりとのびていて、
動き出す様子はない。逃げるには絶好のチャンスだ。
──……よし!
ヒカルは意を決して立ち上がり、走り出した。
(13)
ヒカルが立ち上がったのを目の端で確認した加賀は、これで一安心だと肩の力を抜いた。
こんなケンカは、ヒカルが無事に逃げ果せるまでの時間稼ぎに過ぎない。
あとは巧く隙を突いて、自分もトンズラすればいいだけの話。
あまりにも呆気ない展開だが、スリルとバイオレンスを求めるより、
今は我が身の安全確保が最優先事項なのだ。
加賀は、繰り出される相手の素早いパンチを角材でなんとかけん制しつつ、
逃げるチャンスが生まれるのを待った。
そのとき突然、何者かが加賀の皮ジャンを後ろに強く引っ張った。
「うわッ」
バランスを失った加賀の左頬を、相手の拳がすれすれに掠めていく。
「…まともに食らってたら一発であの世行きだ──ちくしょう、誰だ!」
誰であろうとただではおかないと憤怒の形相で後ろを振り返った加賀は、
そこに先程安全な場所に避難させたはずの人物──進藤ヒカルを認め、目が点になった。
「……何やってんだ、お前」
呆けた顔の加賀とは対照的に、真剣な表情でヒカルは答えた。
「加賀も一緒に逃げよう!」
暴漢どもから開放されたヒカルが真っ先に向かったのは、袋小路の外ではなく加賀の元だった。
これだけ手薄なら、二人一緒に逃げられると確信したからだ。
「オレはあとでいいんだよ!早く行け、オラ」
加賀は足でヒカルを遠ざけようとするが、ヒカルは頑として譲らず、
なおも強い力で皮ジャンごと加賀を引きずろうとする。
「一緒じゃなきゃイヤだ!ここで加賀を置いていったら絶対夜中に化けて出てくる!」
「化けて出るだと?お前はここでオレを殺すつもりなのか!」
「誰もそんなこと言ってないよ!」
ヒカルに悪気はないのだろうがそれでもあんまりな扱いに、
加賀もついついムキになって応じてしまう。
「てめぇ、よそ見してんじゃねーよッ」
男の右フックが見事に決まり、加賀はヒカルを道連れにしながら地面に倒れ込んだ。
「──痛ってぇ……」
こめかみをさすりながら、加賀は自分の油断を棚に上げ、ヒカルに怒鳴った。
「ほら見ろ!お前が縁起でもねェこと抜かすから殴られたんだぞ!」
「違うよ、加賀がボケっとしてたからだろ」
「…………」
しれっと言い放つヒカルを、加賀はほんの少しの殺意を込め、睨みつけた。
(14)
「こいつら……よくも……」
リーダー格の男がゆらりと立ち上がった。激しい怒りに顔を真っ赤に染め、
まだ痛むのか、股間をかばいながらヒカル達に歩み寄ってくる。
男の肩越しに、また別の男がナイフを片手に立ち上がる姿が見えた。
最悪のパターンを想定した加賀は、すぐさま自分の背後にヒカルを隠した。
そしてヒカルに耳打ちする。
「お前、ここでオレと心中したくなかったら、今からオレの言う通りに動けよ」
「?」
加賀は自分の皮ジャンを脱ぐと、この世に存在する全ての悪から守るように
ヒカルをすっぽりと覆った。
「わッ、何すんだよ!」
いきなり皮ジャンに視界を遮られジタバタともがくヒカルの頭を、
加賀は片手で抱き寄せ、言った。
「いいか?オレが合図したら、お前はこれを被ったまま、まっすぐ逃げろ。全速力で走れ。
途中で振り返ったり、俺を待ってたりすんな」
有無を言わせぬ強い口調に、ヒカルはすぐさま反発した。
加賀を置いて一人で逃げろという命令になど、死んでも従いたくはない。
「加賀も一緒じゃなきゃイヤだっ!」
「バーカ、お前がいると足手まといなんだよ。お前をかばうと、どうしてもオレに隙ができる。
不意を突かれて刺されでもしたら、どう責任をとってくれるんだ」
ヒカルは唇を噛んだ。加賀はどんな顔で自分にそんな残酷な通告をしているのだろう。
声だけでは、その表情を窺い知ることはできない。
「わかったな、進藤?」
加賀はヒカルから体を離し、皮ジャンに隠れているヒカルの顔を覗き込んだ。
「……加賀ぁ……」
加賀を見上げるヒカルの目に、やるせない涙がにじんでいる。加賀は苦笑した。
「──そんな顔すんな。オレもすぐに逃げるからよ」
加賀はポン、と慰めるようにヒカルの頭を優しく叩くと、再び皮ジャンでヒカルを覆った。
そしてすぐさま顔を引き締め、頭の中で脱出作戦をシミュレーションする。
皮ジャンのポケットから抜き出したのは、カラオケボックスから持ち帰ったカクテルの瓶と、
物置小屋から持ち出したスプレー缶。
初動が遅れれば、間違いなく自分も巻き添えを食う。
死ぬことはないだろうが、無傷では済まされない。
──成功するかどうかは自分の運次第。どう転んでも仕方ねぇが、進藤、お前だけは……。
加賀は角材を拾い上げると、目を閉じて大きく息を吐いた。
(15)
「走れ、進藤!!」
その声を合図に、ヒカルは道路に向かって走り出した。
「逃がすか!」
ヒカルに脇腹を殴られた男が、ナイフを振りかざしヒカルの後を追う。
加賀はすばやく動き、ヒカルを追う男の背中を角材で突いて地面に転がした。
「ギャーッ」
男が悲鳴をあげた。見ると、倒れた拍子にナイフで切ったのだろう、
親指と人差し指の間がぱっくりと裂けて鮮血が噴き出していた。
加賀は足元に転がったナイフをベルトに挟むと、痛みに苦しむ男の上に平然とまたがり、
将棋の駒を仕込んだ拳で力強く殴りつけた。
相手の顔がみるみるうちに腫れ上がり、血だらけになる。
そのとき、加賀の理性が弾け飛んだ。
抑えていた闘争本能に火がつき、加賀は激情の赴くままに無抵抗の人間を殴り続けた。
「や…やめ…」
もう許してくれと哀願する男の声も、興奮した加賀の耳には届かない。
「この野郎!殺す気か」
別の男が加賀の肩を掴み、仲間から引き離す。
そしてお返しとばかりに加賀の腹を蹴り上げた。
加賀の体がくの字に折れ曲がる。
その手から落ちた角材をリーダー格の男が取り上げ、真っ二つにへし折った。
「こんなもん振り回すからケガするんだよ、クソガキ」
男はふてぶてしく笑い、折れた角材をそのまま加賀の頭上に振り下ろした。
「ぐはッ」
鈍い衝撃音と共に加賀の体がくずおれる。
全身に激痛が走り、容易には立ち上がれない。だが、逆に加賀の意識は冴えていた。
──殴られたおかげで正気に戻れたぜ。あのままだとホントに殺っちまいそうだった…。
加賀は、まだ血の感触が残る拳を固く握り締めた。
──っと、寝っ転がってる場合じゃねーや。…待ってろよ、進藤!
「どうしたクソガキ、もう終わりか?」
「悔しかったらさっさとかかって来いや!」
自分達の優勢を確信した男達が加賀を挑発する。
加賀はふらつく頭を押さえながらもどうにか身を起こし、
近くに放り投げていたカクテルの瓶を拾い上げた。
瓶の中には物置小屋のストーブから拝借した石油と、
筒状に丸められた古いカレンダーの紙が入っている。
「お前ら、命が惜しけりゃすぐ逃げろよ」
加賀はそう言うと、瓶を上下に強く振った。
「何言ってんだ、お前?」
男の一人があざけるように笑う。
気にせず加賀は瓶の蓋を開け、中の紙を3センチほど引き出した。
そして胸ポケットからライターを取り出し、無言でそれに火を点けた。
勢い良く燃え盛る火を見せられて男達はようやく気がついた。
自分等の置かれている状況が、決して笑えるものではないことに。
「オレはちゃんと忠告したぜ」
加賀はジーンズのポケットからスプレー缶を取り出すと、
それを合図に即席の火炎瓶を空高く放り投げた。
そしてベルトに挟んであったナイフで缶の側面に穴をあけ、
辺り一面にそのガスを振り撒いた。
火炎瓶は空中で回転し、逆さにこぼれた液体に引火した火は
炎の塊となって地面めがけて落下した。
闇に響く破裂音。
落下した炎はさらに撒かれたガスにも引火して、
小規模な爆発を引き起こしたのだった。
|