身代わり 11-15


(11)
研究会に来た冴木の目に、一人碁盤のまえに座っているヒカルの横顔が映った。
ぶつぶつと独り言を宙に向かって言いながら、石を並べている。
その様子がなんだかほほえましかった。ヒカルが和谷とともにプロになったことを、冴木は
とても喜んでいた。研究会などがもっと活発になるであろう。楽しくなりそうだ。
冴木は声をかけようとして、ぎくりとした。
ヒカルは目をほそめ、あごを上に向けていた。
「んん……っ」
かすかに漏らしたその吐息に、冴木の背筋がふるえた。
ヒカルは唇をわずかに動かしながら、薄赤い舌の先を突き出している。
まるで誰かとキスしているように見える。
「ふ、んぅ」
さらに引き寄せる仕草をした。一瞬、自分のそでを引かれた気がした。
足がよろけた拍子に、戸が大きく音をたてた。ヒカルがすぐに振り返った。
冴木はぎこちなく笑顔を作った。
「進藤、早いじゃん」
「さ、冴木さん。おはようございます」
ヒカルは顔を赤らめた。今のを―――佐為とキスしているところを―――見られただろうか。
(ヘンに思われたら佐為のせいだかんなっ)
《ヒカルがしたいって言ったんでしょ。それに冴木さんには見えていませんよ》
(でもハタから見たら、オレ絶対キョドウフシンなヤツだよ。あ〜あ〜)
うつむいて石を片付けるヒカルの首筋を見て、また変な気持ちにさせられる。
自分のヒカルを見る目が、女性を見るそれと変わらないことに気付いた冴木は、目をそらす
ためにかばんから雑誌を取り出した。しかし内容は頭に入ってこない。
それどころか目のまえにヒカルの細い首筋が浮かんでは消える。そして先ほどのうっとりと
したヒカルの表情までがちらつきだした。
これでは思春期の恥ずかしい少年ではないか。
「それなに? マンガ?」
ひょいとヒカルが後ろから誌面をのぞき見る。息が頬に当たって、冴木は慌てた。
「なんだ、違うんだ。あ、この服カッコいい」
声が耳をくすぐる。落ち着かない。


(12)
冴木にのしかかるようにして、ヒカルは雑誌をめくっていく。
ヒカルの体温を背に感じたまま、冴木は身動きできない。
密着したところを意識してしまう。雑誌を渡せば済むのだが、それができない。
もっとひっついていたいと、心のどこかで思っている。
「う、わっ」
突然ヒカルが素っ頓狂な声をあげた。見るとグラビアアイドルの水着ページが開いていた。
冴木は軽く笑った。それまでの緊張がすこし解けた。
「へぇ、進藤こんなので悲鳴あげるんだ? 純だなあ〜」
「ち、違うよっ」
佐為が大声を出して、それに驚いたのだ。ヒカルだってこの程度の写真は平気である。
しかし佐為は何度見ても、動揺するのだ。
(佐為〜っ! いいかげんにしろよっ)
《でも女子がこのように、恥じらいもなく身体を見せるのは……》
そう言いながら、頬を赤らめている。ヒカルはため息を吐きたくなってくる。
「どうしたんだよ、かたまって。ん〜?」
冴木は身体を反転させ、腕のなかにヒカルを抱きしめた。そのとたん、後悔した。
予想以上に細い。自分がヒカルくらいのときは、もっと体格が良かったと思う。
「冴木さーん、放してよっ」
もがくヒカルを逃がしたくなくて、冴木は腕に力をこめた。
「進藤ってあったかいなあ。ちょっと温めてよ」
「ひゃっ! 冷てっ!」
首に手を当てられ、ヒカルは身体をすくませた。それがますます冴木を煽る。
男にするべきではないことを、したくなってくる。
それを自覚して、冴木は愕然とした。
「冴木さん! いいかげんにしてよっ」
ヒカルは頬をふくらませて、冴木に向き直った。瞬時に軽い怒りが消えた。
目のまえに冴木の唇がある。
この距離にヒカルは既視感を覚えた。これは、いつも佐為と――――
無意識のうちにヒカルは冴木の肩に手をかけていた。


(13)
いきなりヒカルの表情が変わった。
さきほど横から見た、あのうっとりとした瞳がいま、真正面にある。少し茶色がかったそれ
は、吸い込まれそうな透明さがあった。
冴木はヒカルの腰に手をまわした。なんと細いのだろうか。そのまま下にすべらせていく。
すべてが無意識のうちの挙止であった。
「あ」
ふとももを撫でられて、ぞくりとした。それは佐為では感じることのできないものだった。
この先を知りたくて、ヒカルは軽く足をひらいた。
すると、遠慮がちに冴木の手が内側にすべりこんできた。
「……っ」
ヒカルの息を飲む声が聞こえた。嫌がっていない、むしろ待ち望んでいるのだ。
そう思った冴木はゆっくりとそこを揉んだ。てのひらに返ってくる弾力を楽しむ。
押さえられている肩に力を感じた。潤みを帯びた目で見つめられる。
(ヤバイ。ほんとうにヤバイぞ)
そう思いながらも、やめることができない。とうとう手はヒカルの股間にたどりついた。
ゆるめのジーンズの上からでも、勃起していることが分かった。
《ヒカル! いいかけんにしなさいっ》
(だって、気持ちいい……)
佐為は歯噛みした。新初段シリーズ以来、ヒカルの性衝動は顕著なものとなっていた。
そんなときに、塔矢アキラとの対局日が決まった。
するとタガが外れたように、ヒカルは毎夜毎夜、佐為に自慰行為をせがむようになった。
佐為はそれに懸命に応えた。しかしそれでもヒカルはさらなる愛撫を求めてきた。
満足させることのできない自分が、恨めしかった。
だが今はヒカルが恨めしい。自分しか知らなかった声を、他人に聞かせている。
「はっぁ……んぅん……」
ヒカルが身体をくねらせた。
《……あなたは、わたしではなくてもいいのですか……》
ヒカルは首を左右に振った。決してそんなことはない。しかしどうしても直接あたえられる
刺激をこばむことはできなかった。


(14)
すでにジッパーは下ろされ、下着越しに冴木の手を感じていた。そこはもう湿っている。
さらに大胆に冴木が触れてくるが、ヒカルはその快楽に溺れきることができなかった。
(……オレだって……佐為が……佐為じゃなくちゃ……)
ヒカルは自分を哀しそうに見下ろしている佐為に必死に言いつのった。
(佐為……ゴメン、佐為……)
泣きそうな声が佐為の耳に届く。
《ヒカル……》
冴木の手によって喘がされていても、ヒカルは佐為を欲していた。
そのことがわかった佐為は、こだわりを捨てた。
冴木の背後にまわり、ヒカルにくちづけた。そして手を、冴木のそれにかさねた。
《冴木さんはわたしの代わりです。そう思いなさい》
白くてなめらかな手が、自分に触れる。
それを見た瞬間、ヒカルは冴木の存在を忘れた。
「ひぁっ! はんっぅ!!」
いきなりヒカルの反応が強くなった。
それに気を良くした冴木は本格的に身を入れることにした。
自分の肩をつかんでいるヒカルの腕をとり、畳へと押し倒した。
冴木はすでにここがどこかも忘れ、誰かが来るかもしれないという危惧さえしなかった。
「きついよな、ココ……」
言いながらジーンズのぼたんを外して、下着と一緒に足首までずり下げた。
ヒカルの抵抗はなかった。
現れたそこは冴木から見れば無毛と言ってよく、嫌悪感は湧かなかった。
くっ、と皮を剥いて先端を出してやる。そしておそるおそる舌を這わせた。
「やぁっ……んっ!」
ずいぶんとかわいい声を出す。そこらの女より、ずっとそそられる。
こぶしの中にペニスを収めると、舐めながら優しくしごいた。
生温かい舌の感触に、ヒカルはたまらず声を上げつづける。
ヒカルの身体は素直だった。と言うよりも、非常に幼い。なにをしても感じるようだ。


(15)
柔らかな袋を指先でいじりながら、くちゅくちゅと音をたててしゃぶる。
するとその音に合わせるかのように、ヒカルの腰が揺れはじめた。
その様子はどこか慣れているように思えた。冴木は眉をひそめ、動きをとめた。
そう言えばもう達してもいいころではないだろうか。
なのにヒカルはまだだ。意外に忍耐があるのか、それとも自分がヘタなのか。
「さ……ぁい、んん……」
もつれた舌で名前を呼ばれた。先をねだる声だ。些細なことなどどうでも良くなり、冴木は
また没頭した。
快感に沈みながら、ヒカルは何度も佐為とキスをしていた。
「ん、ぁさ、んぃ……」
《ヒカル、ヒカル、わたしのヒカル……》
ヒカルは佐為しか見ていなかった。
名残りおしげに佐為の唇が離れ、おもむろに下へと移動していった。
それを目で追う。佐為はヒカルの足のあいだに顔を埋めた。
「あああっひあっん!!」
語尾で悲鳴は跳ね上がった。ヒカルは冴木の口のなかに射精した。
「っんぐっぅ!」
流れ込んできた精液を、冴木は思わず飲んでしまった。
味も臭いもうすかったが、さすがに気持ち悪い。口元を何度もこする。
《どうでした、ヒカル》
ヒカルは吐精後の脱力感のなかにいた。
(うん……良かった、佐為………………佐為!!)
佐為と重なるようにしている冴木を見て、いきなり思考がはっきりした。
今の状況を思いやって、初めてヒカルは青ざめた。
(オオオ、オレっ、冴木さんと!?)
自分が、冴木が信じられない。ヒカルは佐為にすがるように身体を動かした。
《わたしは知りませんよ。あなたが悪いんですからね》
(佐為〜!)
とりあえず衣服を正さなければ。力の入らない手で、ジーンズを引っ張り上げる。
正気に返ったヒカルだが、冴木は熱にうかされたままだった。



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