交際 11 - 15
(11)
社は片っ端から、部屋を開けた。非常識なのは重々承知だ。
「……にしても無駄に広いな…この家…」
廊下を歩いていると、漸く灯りのついた部屋を見つけた。部屋の襖は開けられたままだ。
社は襖の陰に隠れて、中の様子をそっと窺った。
ヒカルがアキラに抱きついて、キスを待っていた。頭に血が昇った。自分の時はあんなに
嫌がっておきながら、アキラには自分からうっとりとねだっている。本当に邪魔してやろうか…。
だが、アキラはヒカルの望みをあっさり退けた。社には、アキラの気持ちが、さっぱり
わからなかった。自分なら、ヒカルにあんな風に恋われたら、百回だって、千回だって、
キスをするだろう。
ヒカルはアキラの態度に酷く傷ついた顔をした。そして、そのまま部屋を出ていった。
社の鼻先を掠めるように走って行く。自分の姿が、ヒカルの視界にまったく入っていなかった
ということに少しばかり傷ついたが、それだけ、彼のショックは大きかったのだろう。
ヒカルが可哀想だ。自分ならヒカルをもっと大切にする。割り込む余地は、まだあるかも
しれない……。
社はアキラに声をかけた。挑発めいた社の言葉に、アキラは眉をしかめた。不愉快で
あることを隠そうともしないあからさまなその態度に、社はますます挑戦的に振る舞った。
(12)
少し休憩した後、アキラの提案で囲碁勝ち抜き戦をする事になった。その頃にはヒカルの
機嫌も直っていた。楽しそうに碁を打つその姿に、アキラも社も安堵の表情を見せていた。
ヒカルは、対局をしているアキラと社を交互に見つめた。盤上に集中している二人は、
その視線に気付かない。
実のところ、ヒカルは本当に機嫌を直したわけではなかった。だけど、いつまでも些細なこと
(ヒカルにとっては全然些細ではないのだが)に、拘っていては、北斗杯でのチームの
士気にかかわると思ったから、表面上笑顔を見せただけだった。コレくらいの腹芸は、
ヒカルにだって出来るのだ。
社の悪ふざけに本気で怒ったり、アキラが自分の望み通りに動いてくれないからといって
拗ねたりするのはとても子供っぽいことのように思える。あの二人に比べると、自分は
かなり幼いのではないか……と。社は外見からして同い年には見えないし、アキラは
大人の間で育ったせいか、落ち着いていて、ヒカルよりずっと大人びてみえる。
『オレがガキっぽいから、塔矢も相手にしてくれネエのかな……』
だから、社だって自分をからかうのだろうか?膝の上に置いた手をギュッと握りしめた。
(13)
結局、一日目は、一晩中碁を打ち続けた。ヒカルは、アキラにどうして自分に触れて
くれないのか訊きたかった。が、出来なかった。社の前で、そんなことは訊けない。
それに、アキラは意識的にヒカルと二人切りになることを避けている。
そんなアキラの態度と寝不足で、ヒカルの機嫌は悪くなる。何をしてもとげとげしい
態度で接してしまう。こんな風にしたくないのに…。自分でコントロールできない感情に
ヒカルは戸惑っていた。感情をそのまま面に垂れ流して回りに迷惑をかけている。
わかっているけど、どうにも出来ない。自分は本当に子供っぽくて嫌になる。
社が、時々冗談を言う。場を和ませようとおどけてみせた。わざと道化者を演じてくれる社に、
ヒカルの警戒心は徐々に薄れていった。二日目の夜には、ヒカルはすっかり社に打ち解けていた。
もっとも、あのキスのことを全部忘れるというわけにはいかないが…。
ヒカルが社と親しげにしていても、アキラは知らない顔をしていた。別にやきもちを
焼かせようとしたしたわけではないが、こうも冷静にしていられるとちょっと腹が立つ。
『おマエは知らネエだろうけど、コイツはオレに二回もキスしたんだぞ!』
何で、怒らないんだ!?以前は、ヒカルが和谷や伊角と親しげにしているとあからさまに
嫌な顔をしていたくせに…。ひょっとしたら、アキラはもう自分のことは何とも思って
いないのかもしれない。涙が出そうになった。
「進藤、どないしたんや?どっか、痛いんか?」
社が心配そうに、顔を覗き込んできた。ヒカルは慌てて、首を振った。
「な、なんでもネエ…オレ、風呂に入ってくる…」
明るく言ったつもりだが、失敗した。少し、涙声になってしまった。
(14)
ヒカルは、ボディーソープを泡立てて、スポンジで体中に擦り付けた。アキラと同じ匂いがする。
「…あん時も、おんなじこと考えたっけ…」
初めてアキラの家に泊まったときのことを思い出して、ドキドキした。
アキラの繊細な指先や優しい唇が、自分の身体を辿っていき、ヒカルに経験したことのない快感を
与えた。昨日から、碁石を持つアキラの指先に、何度も欲情しそうになった。あの手で、
触れて欲しい。キスして欲しい。
「…あっ…」
そんなことを考えていたせいか、ヒカルの中心部が熱く勃ち上がりかけていた。恐る恐る
そこに手を這わせた。アキラがやってくれたことを思い出しながら、慰める。
ヒカルは、自分でした経験はあまりない。碁のことだけ考えていれば幸せだったから、
そっちの方にほとんど興味がなかった。時々、わけのわからない衝動が突き上げて、仕方なく
処理をしていただけだった。
でも、今は違う。アキラが欲しい。アキラとしたい。
「は…あぁ…うん……」
片手でペニスを嬲りながら、もう片方の手を胸に這わせる。ボディーソープの助けを借りて、
簡単に肌の上を滑っていく。
「ん…ん…あ…」
ペニスへの直接的な刺激と違って、胸から与えられる快感はもどかしくて切ない。そのはがゆい
くらいの刺激がじわじわと体中に広がっていく。限界を感じた。
ヒカルは、胸に這わせていた手を股間へと移動させた。両手を添えて激しくそこを擦りあげた。
「はぁ…は…あ…あ、あ、あ、あぁ―――――」
ヒカルのか細い悲鳴と共に、白い飛沫が飛び散った。
「あ…あ…は…」
ハアハアと荒い息を吐きながら、それを見つめる。自己嫌悪に陥りそうだ。ひとつ屋根の
下にアキラがいる。それなのに………。酷く惨めだった。
(15)
風呂から上がったヒカルを見て、アキラは思わず唾を呑み込んだ。普段の無邪気さが
表情から消え、代わりに匂うような色気があった。額や頬に張り付く濡れた髪や、ほんのりと
桜色に染まった首筋、上気した頬。気のせいか目元が潤んでいる。ヒカルから、視線が
はずせない。
ヒカルと入れ違いに、湯をもらいに立とうとした社の動きが止まった。彼もヒカルの
姿に目を奪われて、声も出ない。
「…社?入んネエの?」
ヒカルの声に、社は夢から覚めたように頭を振ると、顔を紅くして足早に部屋を出ていった。
それでも、アキラはヒカルから目をはずせなかった。
―――――だから、泊めたくなかったんだ…
胸のモヤモヤを吐き出すように、小さく息を吐いた。
凝視されていることに気付いたヒカルが、頬を更に紅く染めて俯いた。恥ずかしそうに
モジモジと、パジャマ代わりのパーカーの裾を弄んでいる。
「あ…あのさあ…塔矢…」
ヒカルの指先が、自分の肘に触れた。それだけで、下半身が疼いた。思わず、手を振り払おうとして、
何とかとどまった。また、誤解されると困る。
「何だい?」
「オレ、塔矢と……あの…」
ヒカルはアキラの服の袖を握ったまま、口ごもった。
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