再生 11 - 15
(11)
差し出された紅茶を一口飲んで、ヒカルは緒方の顔を見た。
やはり、アキラと緒方には仲直りをして欲しいと…。
二人が仲違いをしたままでは辛い。
思い切ってそのことを告げた。
真剣な表情のヒカルに、口元に皮肉な笑みを湛えて緒方が答えた。
「オレとアキラは、ただの同門の兄弟弟子というわけじゃない。
わかっているのか?
お前はオレとアキラによりを戻せと言っているのか?」
ヒカルは答えに詰まった。この気持ちをうまく説明することが出来ない。
どう言えばいいのだろうか。
もし、二人の関係が元に戻ってしまったら自分はどうなるのか…。
そのことは、ヒカルだって考えた。
それでも言わずにはいられなかった。
だが、実際、緒方の口からそのことを言われては…。
俯いてしまったヒカルの頭を撫でながら、緒方が言った。
「お前の気持ちはうれしい。だが、もうすんだことなんだ…」
でも――――と、言いかけた。が、その先の言葉が続かない。
ヒカルは情けなかった。
緒方のことや…アキラのこと…胸の中のもやもやした気持ち……。
それをうまく伝えることが出来ない自分……。
涙が出てきた。
自分はやっぱり子供なのだ。
考えの浅い馬鹿な子供だ。
袖口で涙を拭いながら、謝った。
「ごめん…ごめんなさい…」
緒方は黙って頷いた。
(12)
「先生、また遊びに来てもいいかな?」
帰り際、ヒカルが緒方に訊ねた。
もう、泣いてはいない。
「かまわない。何なら、合い鍵やろうか?」
軽い冗談のつもりだった。
ヒカルの頬に、サッと朱が走った。
緒方をキッと睨み付けて来る。
「いらねーよ!」
ヒカルは憤慨して、出ていってしまった。
何を怒っているのだろうか。
冗談なのだから、軽く受け流してくれればいいのに…。
緒方は肩をすくめた。
「合い鍵か…」
椅子に深く腰をかけ、瞼を閉じた。
アキラの顔が浮かんだ。
合い鍵を使って、アキラはよくこの部屋に来た。
いつもSEXだけをしていたわけではない。
お茶を飲んで他愛のない話をしたり…碁を打ったり……。
お互いに好きなことをして過ごしたこともあった。
一緒に何かをするわけでもなく、時間と空間だけを共有した。
でも、その鍵はもう捨ててしまった――――――
鍵と一緒に、思い出も捨ててしまえたらよかった………。
あの時間を懐かしく思った。
―――とても悲しくて―――胸が痛んだ。
(13)
ふくれっ面のヒカルを皆が面白そうに振り返る。
風がヒカルの頬の熱を冷ましてくれた。
頭が冷えると、今度は悲しくなってしまった。
緒方の言葉はヒカルを酷く傷つけた。
アキラから鍵を貰った時、すごく嬉しかった。
だが、アキラにとっては、それほど深い意味はなかったのかもしれない。
「もう…先生なんか知らねーよ!」
歩きながら呟いた。
スンッと小さく鼻をすする。
最近、自分は涙もろい。
佐為が消える前はこんなことなかった。
初めて今生の別れというものを経験した。とても大切な人だった……。
置いて行かれるのは辛い。
一人になるのは嫌だ。
ヒカルは立ち止まって、その場でしばらく考え込んだ。
そして、くるりと後ろを向くと、再び緒方の元へと引き返した。
(14)
『進藤…とうとう来なかったな』
碁笥を引き寄せながら、アキラは思った。
約束をしているわけではないが、ほとんど毎日二人は会っていた。
碁会所のドアが開く度、アキラが顔を上げる。
そして、あからさまにがっかりした顔をして、再び碁盤に目を落とすのだ。
周りの客達も声を掛け辛いのか、遠巻きにチラチラと様子を窺っている。
集中できない。今日はもうやめた方が良さそうだ。
碁石を手元に集めた。
「市河さん、今日はもう帰るよ。」
手早く身繕いをして、碁会所を後にした。
仄かな期待をいだいて、アパートに帰った。
―――部屋の灯りは消えたままだった。
(15)
ヒカルは、自分に何が起こったのか理解出来ずにいた。
緒方の腕の中で、ヒカルはもがいた。
「先生…!やめてよ。」
緒方は、腕の力を緩めてはくれなかった。
ヒカルの顔は、緒方の胸に押しつけられた。
背中に回された腕に力がこもる。
緒方の体温を全身で感じた。
それは激しいものではなく、とても静かで穏やかな熱さだった。
「先…生…?」
ヒカルは抵抗をやめた。
ヒカルを抱きしめる緒方の腕が、あまりに切なげだったので…。
緒方の頭を撫でてあげたい―――慰めてあげたい気持ちがこみ上げてきた。
緒方の背に腕を回そうとして……やめた。
腕をだらりと下げたままジッとしていた。
緒方の掌がヒカルの頭を撫で続ける。
「先生……」
寂しいの?とは、聞けなかった。
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