しじま 11 - 15
(11)
ボクの身体のすぐ下に、進藤がいる。
でもこんな状態でも、ボクのそれは稼動する様子を見せない。
進藤は膝頭を軽くボクの股間に押しつけた。そして眉をひそめた。
「どけよ。したくないんだろ」
不機嫌そうな声音に、ボクのなかで何かが切れた。
「嫌だ! どいたらきみは和谷のところに行くんだろう!?」
「なんでここに和谷が出てくるんだよ」
「ボクのが役立たずだからさ!」
進藤は目を見開いて、それから笑った。
優しくボクの横髪に触れてきた。そして耳に手を這わせて……。
「痛っ!」
進藤がボクの耳を引きちぎるような勢いで引っぱってきた。
「このバカ! たとえおまえのが使いものにならなくても、和谷は関係ねぇ! いいかげん
わかれよっ」
「きみがそう言ってくれてから、まだ一週間も経っていない。だいたい、今日のきみはなぜ
そんなに積極的なんだ!?」
進藤は虚をつかれた顔をして、それからほんの少し寂しげな笑いをもらした。
その声がとても静かなものとなった。
「……オレ、熱を出して寝てるあいだ、ずっと塔矢のこと考えてた。おまえが誰よりも大切
だって気付いたら、怖くなったんだ。なにもかもが全部、夢のような気がして。すごく不安
で……だから早くおまえに触れて安心したかったんだ」
きみが、不安? 本当に? そう思ってたのはボクだけじゃないのか?
いつも余裕に見えた進藤が、今はとても気弱に見えた。
――――これも進藤の一面なんだ。いつも明るい彼の持つ、深い悲しみ。
そうだ、ボクはそれに寄り添いたいと思ったんだ。
「進藤」
揺れるまなざしを、ボクはしっかりととらえる。
進藤、ボクはきみが愛しくてたまらない。
「塔矢……」
まだ痛みの残る耳を撫でさすられた。
(12)
進藤はボクの頭に手をまわし、ぐっと力をこめた。
そうっと唇が触れる。進藤は目をつむっていた。
まるで教えるように、ゆっくりと舌をからませてくる。
ボクはその舌使いにたまらなく感じて、夢中になって追いかけた。
また進藤が股間に触れてきた。ボクの気持ちとは裏腹に、やっぱりそこは沈黙したままだ。
「……塔矢、おまえができなくても、オレはおまえが好きだからな。セックスだけがすべて
なわけじゃないからな。勃たないからって、オレに恥ずかしく思う必要もないからな」
ここまで言ってくれているのに、ボクの分身はなにをしているんだ。
ずっとこのままだったら……そう考えて身震いする。
「塔矢、あのさ……」
進藤はちょっと迷うように呼びかけてきた。とぎれた言葉の先をボクは待つ。
「おまえ、前に言ったよな。オレになら、抱かれてもいいって」
「ああ、言った」
「今でもそれは変わらない?」
ボクは進藤がなにを考えているかわかった。だから即座に「変わらない」と答えた。
「オレさ、まえは思わなかったけど、今はおまえを抱きたいって思う」
言うなり進藤が身体を入れかえてきた。ボクは進藤を見上げた。
「……いいか?」
「ああ、もちろんだ」
できるだけしっかりした声で言おうとしたけど、やっぱり少しふるえていた。
濡れた軟らかいものを首筋に感じた瞬間、びくんと身体が勝手にはねた。
「良かった、感じてはいるんだ」
進藤は少しはにかみながら、そうささやいた。身体が一気に火照る。
ボタンを一つずつ外され、胸元を開かれる。入ってくる手にどうしても身体がこわばる。
「塔矢も……」
ボクの右手が進藤の胸にみちびかれた。とてもなめらかで温かい肌に手をすべらす。
胸の突起はすでに硬くなりつつあった。それを親指と人差し指ではさむ。
「んっ……とうや……」
ボクの肩口にかかる進藤の息がさらに熱くなった。
(13)
お互い、相手の身体を愛撫しながら全裸になっていく。
こんなにたくさん進藤に身体を触ってもらうのは初めてだ。
とても気持ちがいい。
進藤は枕元に置いてあったオイルのびんに手をのばした。それからボクの膝をたてさせる。
中央に鎮座するそれは、まだ動くそぶりを見せない。
でも、かまわない。もしボクのそれが勃ちあがれば、きっと進藤はボクを抱こうとするのを
やめてしまうだろうから。
そう考えてボクは気付く。ボクは進藤に抱かれたいんだ。
花の香りがした。進藤は手のひらにたらしたそれを、ボクの……周りに、塗りはじめた。
「進藤、ちょっと待て! 灯りを消してくれ」
「ヤダ。おまえの顔見ながらしたいし、おまえにもオレを見てもらいたいもん」
にべもなく却下されてしまった。
「うわっ」
指が一本、なかに入ってくるのがわかった。
「ちょっと待て!」
「今度は何だよ」
うんざりしたように聞いてくる。ひるみそうになるけど、ここで引き下がれない。
「そこは洗っていないんだ」
「だから?」
「風呂に入らせてくれ」
そう言った瞬間、なかにいた進藤の指がぐるりと輪を描いた。
う、気持ち悪い。けど今はそれどころじゃない。
「指に、その、ついたら嫌だろう?」
「別にイヤじゃないけど」
「ボクは嫌だ」
「おまえ、オレのがついても、いつも気にしないじゃないか」
「それとこれとは別だ!」
勝手なやつ、と進藤は肩をすくめて指を抜いた。
だけど安堵する間もなく、進藤がそこに顔をうずめた。
(14)
入り口付近で何かがうごめいている。
それが進藤の舌だと気付いて、ボクは血の気が引くのを感じた。
「やめろ! 進藤っ」
「そう言えばさ、オレもおまえに初めてここ舐められたとき、すごい恥ずかしかったんだ」
まさか同じ思いをボクにさせることが目的か。
悪いが、ボクはこんな羞恥心には耐えられない。ここは蹴り飛ばしてでも……。
「逃げるなよ、塔矢。オレも逃げないから」
静かでおだやかな声が、ボクの抵抗する気持ちを奪った。
ためらいがちに、少しずつ指が増やされる。ボクのそこが押し出そうと力を入れている。
けど進藤はそれに逆らって、なかを広げようとしている。
「ここらへんだと思うんだけど……おまえ、どこが感じる?」
「そんなの知るもんか。だいたいボクはしたことなんか……」
言いかけて、和谷の顔がはっきりと思い浮かんだ。
そうだ、ボクは初めてじゃないんだ。忘れていたけど、ボクは和谷に抱かれたんだ。
蛇口から流れる水の音が聞こえた気がした。
吐きそうだ。
「塔矢、大丈夫だから、もっと力を抜けよ。このままじゃオレ、痛い思いをさせちゃう」
進藤は優しい。だけど今はそれがつらい。
後悔がうずまく。どうしてボクは和谷なんかとしたんだ。
和谷としていなければ、ボクが初めて抱かれるのは進藤だったのに。
――――だけど、あれはやっぱり必要なことだった。
いろんなことがからみあって、今があるんだ。
「もっと手前かなあ」
根元まで入れていた指を少し引き抜いて、違うところをこすった。そのとたんに、ボクは
つかんでいた進藤の腕に爪を食い込ませてしまった。
皮膚をつきやぶり、血がにじみでていたけど、それよりもボクは痛みとは違う、奇妙な感覚
に気をとられた。
「ここ?」
進藤もボクの反応に気付いて、指先で同じところをつついた。
(15)
「ここだ。おまえの、勃ちあがってる」
うれしそうな声だった。ボクは視線を下にやった。
進藤が勃ちあがりかけているそれに、指をすべらせていた。
二つの器官を攻められ、ボクはすっかり自分を失ってしまった。
大きく息を吸うけど、少しも息が入ってこない。
苦しくて、頭がじんじんとする。
「塔矢、気持ち良くない?」
心細そうに尋ねられた。気持ちいい、と答えたいけど、なにがなんだかわからないんだ。
「おまえ、ちっとも声を出さないから、どう思ってんのかさっぱりわかんない」
声? そうか、出したほうがいいのか。でもどんなふうに出したらいいんだ?
進藤はボクに抱かれているとき、どんな声を出していたっけ?
「……あ、あん」
わざとらしい声音に、進藤が噴き出した。
「塔矢っておもしろいな」
進藤がボクから離れたので、ボクはうろたえた。やめてしまうのか?
起き上がろうとするボクを進藤は制した。そしてボクが用意した枕元にあるコンドームの箱
を手にとった。
「しなくていい、進藤」
「ダメ。ただでさえ初めてで大変なのに、中でなんか出せない」
……ボクは初めてではないんだ、進藤。
「二箱あるな。おまえ、一箱ぜんぶ使い切るつもりだったのか?」
そうだ。本当は予備も入れて三箱おくつもりだった。絵的にみっともないからやめたけど。
「オレ、自分にするのは初めてだ」
照れくさそうに笑う進藤に、ボクもつられて笑った。
だけどすぐに進藤は厳しい顔つきをした。ちゃんと笑ったように見えなかったんだろうか。
「塔矢」
進藤はたしかめるように、もう一度ボクのなかに指を沈めてきた。
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