失着点・展界編 11 - 15
(11)
「…お前には関係ねえだろ…。」
和谷の視線から顔をそむけてヒカルは答えた。途端、ズグッ!と和谷が激しく
突き上げて来た。電流のような痛みがヒカルの体の深部を走った。
「うっ…ああっ!」
顎を押さえ付けられているため、ヒカルの腹部辺りだけが反り返る。
「…何回ヤッたんだ。」
抑揚のない和谷の声。答えを与えない事には済みそうに無かった。
反り返った体は和谷に押さえ込まれ元の体制に戻される。
「…2…回…かな」
喘ぐように、呼吸を乱して答える。
「嘘をつくな!!」
3、4度、同じように突き上げられた。
「ひ…っ」
今度は和谷に体重をかけられどこも痛みから逃げるように動かせない状態で
あった。ヒカルは耐え切れず泣き声を上げた。
「うっ…あっ…、和…谷…!やめ…」
ヒカルの顎を押さえる和谷の指をヒカルの両目から流れ落ちた涙が濡らす。
「ヒッ…わかんない…よ…そんなの…ううっ」
「…分からないくらいヤッんだな。そうなんだな。」
汗と涙でグシャグシャの顔を、ヒカルは縦に弱々しく振った。
「男同志でか。…最低だな、クッ」
嘲るように冷たく笑むと、和谷が動き出した。
ヒカルの顎から手を離し、代わりにヒカルの両膝を抱え込み、深く、激しく。
「あっ…あっ!!」
彷徨うようにヒカルの両手が動き和谷のジャージの胸元を掴んだ。
だがそれは和谷に対して何の抑止力も持たなかった。
(12)
そんなに長くはかからなかった。それが救いになるわけでもなかったが。
「ふっ…ぐうっっ!!」
絞り上げるような唸り声をあげてビクンッと和谷が体を震わせた。
…終わる、これで、…終わる…
ヒカルは念じるように心の中で何度もそうつぶやいていた。
ガクンッガクンッとあがくような突き上げは次第に間延びし、
…やがて止まった。
ヒカルの膝を掴んだまま、和谷は肩で大きく息をしている。
ヒカルもまた脈の音と共に響く激痛に胸を大きく上下させ呼吸を荒げていた。
「和…谷…」
和谷の胸元を掴んでいた手を開き、ヒカルはそおっと和谷の胸を撫でた。
ヒカルに覆いかぶさるように、ヒカルの顔に熱い呼気を吹き掛けるような
位置にある和谷の頬を撫でた。
和谷はヒカルの手の感触に浸るように目を閉じた。その唇を撫でると和谷は
ヒカルの指を口で捕らえ、吸った。
そして膝から手を離してヒカルの頬を抱え込んでヒカルの唇を吸って来た。
最初の時とは違う、荒くない、優しいキスだった。
アキラがSEXの終わりに、やはりそういうキスをしてくれる。
和谷の興奮状態が、ピークを過ぎたのだ。そう思った。
「…帰るよ…和谷…、今日は…」
唇が離れたタイミングでそう声をかけてみた。和谷は幾分穏やかな表情を
していた。きっと、これで和谷は解放してくれるだろう。そう信じた。
―だが。
次の瞬間、和谷は自分のジャージの上を脱ぎ、ヒカルの首元にたくし上げられ
ていた衣服を剥ぎ取っていた。
(13)
「…和谷…っ」
ヒカルの体にかじり付くようにして再び和谷がヒカルの中で動き出した。
ヒカルの首筋に食い付き、強く吸い、歯形と刻印をつけて行く。
「…一度だけだって、言ったはず…」
乳首を強く噛まれる。皮膚が裂けそうなギリギリまで食い入られヒカルは
絶句する。下腹部の奥の痛みもそのままだった。
「…まだ終わってねーよ。塔矢だって一度で何回か中に出すんだろ。」
初めてヒカルは“恐怖”を感じた。ここへ一人で来た事を後悔した。
伊角に一言、言っておけば良かったと思った。
そして同時に和谷を哀れんだ。可哀想なヤツだと思った。
激痛から来る疲労で意識が遠のく。
…このまま気を失ったら、もう戻って来れない。そんな気がした。
その時だった。小さく、だが確かに、コンコンとドアを叩く音が響いた。
和谷の動きが止まった。
「和谷…、居るのか?オレだよ。」
伊角の声だった。だが、ヒカルには助けを求める程に大きな声を出す気力は
残されていなかった。部屋の明かりもついていないのだ。
だが、その時和谷がとった行動は意外なものだった。
ズボッと和谷が一気にヒカルから抜け出た。
「…っ!!」
声もでない程の痛みに身をよじらせてヒカルは体を縮こまらせた。
「…居ないのか?、和谷…。」
和谷は全裸のまま声のする玄関に向かい、ドアを開けた。
(14)
「ああ、居たんだ、和…うっわあっ…!」
和谷の顔を見てホッとしたのもつかの間、アパートの外の廊下の明かりに
和谷の裸体が浮かび上がって伊角は赤くなって驚き叫んだ。
その伊角の腕を引っ張って部屋の中に引き込み和谷はドアを閉めた。
「お、おお、おい、わ、和谷、おまっ…」
焦りまくっている伊角をさらに部屋に押しやり、明かりをつけた。
「…!!」
ヒカルは体をこわばらせた。体を隠す物を探す間がなかった。
最初伊角は、そこで見た光景をうまく把握できないようだった。
畳の上に全裸で胎児のように体を縮こまらせて横たわっている進藤。
その腰の下周辺の畳みには赤黒い染みが広がり、その染みは進藤の白い内股に
つながっている。
「う…わ…あっ!?し、進藤…?」
ストンッ、と伊角は尻餅をついた。顔面が蒼白になっていく。
和谷は玄関脇の台所でペットボトルの飲み物を飲んでいたが、部屋の中を
覗き込むように顔を伸ばしてヒカルに向かって言った。
「どうする、進藤。伊角さんにオレ達の事が見られちゃったぜ。塔矢との
時みたいに、伊角さんを喰わえ込んで口封じするかい?」
体を肉体的に刺し貫かれた以上に、ヒカルの胸に和谷の言葉が突き刺ささり
鮮血が吹き出すようだった。
「…ハハッ!」
和谷は誰かを嘲るように笑うとペットボトルをもう一度口にした。
ガッと鈍い音が響いて和谷が台所の流しに背中をぶつけて倒れこんだ。
立ち上がった伊角が和谷を殴りつけたのだ。
(15)
ヒカルは息を飲み、動かせる範囲だけで顔をあげた。
伊角は自分でも驚いたように、和谷を殴った自分の右手の拳を見つめ、肩で
息をしている。伊角の両目から涙がポタポタこぼれ落ちた。
和谷は流しのところに座り込んでもたれかかり、頭を垂れたまま、
動こうとしなかった。
「くっ…」
伊角は首を横に振ると、止まらない涙をそのままに部屋の中を見回し窓の
ところのハンガーにバスタオルのようなものが掛かっているのを見つけると、
それを取って進藤に近付き手を伸ばして来た。
ヒカルが反射的にビクッと震えて後ずさろうとした。
「オレにまで怯えるなよ…!、進藤…。」
伊角は依然止まらない涙のまま、そっとタオルで進藤の下腹部を包んだ。
見える範囲で体液や血の跡を拭き取っていった。
そして壁際に押しやられていたヒカルの服を整えるとヒカルの頭に潜らせ、
袖を通させた。ヒカルは押し黙ったまま伊角に身を委ねた。
反対側の壁際に押しやられていたヒカルのジーパンを中のブリーフごと
穿かせようとして、伊角はポケットから白いハンカチを取り出した。
「こんなものでも…ないよりはマシだと思う…たぶん…」
ハンカチをヒカルのその部分に宛てがって、ジーパンを上げた。
「立てるか…?」
ヒカルが頷く。
背中に腕を回し、自分の肩に掴まらせるようにしてヒカルを立ち上がらせる。
もう一度屈んでヒカルのリュックを腕にかけ、和谷のいる玄関まで進んだ。
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