魔境初?トーマスが報われている小説(タイトル無し) 11 - 15
(11)
和谷が俺の後孔のまわりをゆっくりとなぞる。手探りで、見当をつけてるらしかった。
微妙に位置を変えつつ指先で突っつくから、俺はそのたびにいちいち反応してしまう。
こんなんだったらひと思いにやって欲しいって思った瞬間に、和谷の人差し指がついに入り口を捉えた。
「ここ、だよな……」
小さな呟きは俺に確認を求めてるんじゃなくて、無意識に出たものだろう。
和谷の指が入ってくるんだと、身構えた。なのに和谷は身体を離して、ベッドの傍に投げ出されていた鞄を探っている。
「……なに?」
「手際悪くてごめんな。忘れそうだった」
鞄の中から出てきた手に握られていたのは小さなチューブと、それから。
「あの、わかってると思うけど。俺、男だから着けなくても大丈夫だよ?」
チューブの中身は不明だけど、もうひとつの小さな四角いパッケージは俺も見たことがある。
使ったことはないけど、中学の保健体育の授業で男子だけに教えられた。
避妊具、いわゆるコンドームってヤツ。
「ばぁか、違うよ。着けないと後からお前、腹壊すかもしれねぇぞ?」
「え、そうなの?」
「直腸に入るはずない精液が入るわけだからな。上手く掻き出す自信もないし。あと、着けてるほうが挿れるの楽だって」
コンドームとか直腸とか精液とか。
聞いているだけでクラクラするほど恥ずかしいんだけど、和谷のほうは真剣で。
だから俺も真面目に和谷が自分のモノにゴムを被せるのを見ていた。
ゴムは薄く破れそうなほど伸びきっている。……やっぱり大きいよ、和谷。
あれが、俺のなかに挿れられちゃうのか。
そう考えたら怖いんだけど、でももし小さくて貧弱だったとしたら、ちょっとがっかりしたかもしれなくて。
ああもう、なに考えてんだろ。
(12)
和谷が正体不明のチューブを手に取った。
搾り出されたのは、透明でぬるっとした液体。なんだろう。
「……これか? これは、潤滑ゼリー。当たり前だけど、濡れるはずないからな。女にも使うらしいけど」
「じゃ、俺のなかに入るわけ?」
「大丈夫。変なものじゃないから」
怯えた表情をした俺の頭を、和谷が安心させるようにぽんぽんと叩いた。
妙な薬品やら、使ったことない避妊具やら、俺の身体に挿れられるんだと思うと怖かったけど。
だけど俺のことを気遣って和谷が用意してくれたものだから、嫌って言えない。
……だけどさ。
「聞いていい?」
「なにを」
「和谷、どこでこんなこと勉強したわけ?」
それまで余裕を見せていた和谷が、ぐっと言葉に詰まって顔を赤くしたのが可笑しくて。
また硬くなっていた気持ちが、ちょっとほぐれた気がする。
「まぁ……いろいろ」
「いろいろって? まさか別の人で試したとか」
「ち、違うって! あの人だよ、冴木さん!!」
「冴木さん?」
冴木さんって、あの冴木さんだよな。
それはわかるんだけど、どうしてここに名前が出てくるんだろう。
詳しい説明を促した俺に、和谷はしぶしぶ口を開いた。
和谷も男同士のセックスのやり方なんてわからなくて、かといってゲイの雑誌を買って勉強する度胸もなくて。
ネットで片っ端から調べていたら、そこを冴木さんに押さえられたらしい。
(13)
「そしたらあの人、『へぇ、和谷ってそっちの趣味あるのか』って……」
そうして翌日に届けられたのは、数冊の雑誌。もちろん全部、「そっち」系のアダルト本。
引き攣った顔で和谷はそれを受け取って、それでも手に入れたからには読み込んで勉強したらしい。
「でも、冴木さんなんでそんな本、持ってるんだろ」
「聞くな、怖いから。でもあの人は、そういうミステリーな人なんだよ」
だけどな。と、ふたりしかいないのに、和谷は声を潜めた。
「冴木さんって、俺たちのこと知ってるような気がする。絶対そう」
「え、まさか!?」
「言われたんだよ。『また大事な対局日に、腹壊すなよ』って」
そのときは俺のことかと思ったけど、俺が腹を壊すはずないしな。そう言って和谷は俺のほうを見た。
心当たり…は、ある。プロ試験のときに下痢して、それまで全勝だった星を落としたんだ。
合格してから、こんな馬鹿なこともしたと笑い話として聞かせたこともある。
「うわー…今度会ったら、どんな顔すればいいんだよ」
「普通でいいだろ。あの人、そういうことに理解あるから。つーか、冷淡っていうのか?」
そんなこと言われても、ちっとも慰めにならなかったけど。
まあいいか、とも思う。
ひとりくらい理解者っていうか、秘密の共有者がいても、それはそれでいい。
冴木さんなら口も堅そうだし。
(14)
冷えかけたシーツにもう一度寝転んで、俺たちは続きをはじめる。
和谷はゼリーを零れるほど手のひらにとって、丁寧に指に絡めた。
そしてもう一度、俺の後孔に手を伸ばす。さっき見当をつけたところを正確に探り当てて、和谷の人差し指が突き立てられた。
「いっ…た…痛い」
本当は、純粋な痛みはそれほどじゃなかった。だけど引き攣れた感覚が気持ち悪くて、怖くて。
「進藤。もうちょっと、力抜いて。ほら」
空いている手を伸ばして、和谷が俺の性器を愛撫する。
前も後ろも和谷の手に委ねられていることに、俺は羞恥と嬉しさが入り混じった奇妙な快感を得た。
強張っていたものが緩んで、俺のなかの指の動きも滑らかになる。そのタイミングを上手く捉えて、和谷が2本目の指を挿れた。
「くぅっ……」
1本目のときより、衝撃は少なかった。だけど苦しいことにかわりない。
指から逃れようとして無意識にずり上がりそうになる腰を、和谷がその場に縫いとめる。
「もう少し、もう少しだから。我慢してくれ」
宥めるような、和谷の優しい声。
それを聞いたからか、情けないことに涙が出てきた。
別に悲しくなんてないのに、壊れた蛇口みたいにぽろぽろ涙が湧いてくる。
「痛いのか? 耐えられない?」
違う、違う。必死に首を振る。痛いけど、辛いけど、耐えられないほどじゃない。これはそんなんじゃない。
(15)
声には出せなかったけど、俺の思いは和谷に伝わったらしかった。
「良かった。なら…いい?」
そう言って、和谷は俺の両足を持ち上げて、俺の身体をふたつに折り畳んだ。俺の目のすぐ脇に、ふくらはぎが見えた。
そして目線を落とすと、こんどはこっちを向いている俺自身のモノ。
「嫌、だ…なんか、潰れたカエルみたいで……」
とにかく、こんな体勢を和谷に晒しているのが耐えられない。たとえ、和谷がとらせたものでも。
和谷はちょっと目を瞠って、それからふっと笑った。
「そっか? 俺は扇情的だと思うけど。それにこれだけ足を持ち上げないと、挿れるのが難しいんだよ」
「でも嫌だ。後ろからとかでもいいじゃん」
「バックは初心者には辛いんだって。……そうか、これならいいだろ?」
言うなり和谷は俺の腕をぐいっと引っ張って、俺を起こした。
そして膝の上に座らせた。ただし向かい合った状態で。
もの凄く和谷の身体に密着した状態だ。しかもさっきから和谷のモノが、俺の太腿に当たってる。
これって、もしかして。
「騎乗位って、あんがい楽なんだと。 重力あるから挿れやすいって」
「挿れやすいって……」
「大丈夫、俺が挿れるから」
熱くて硬くて大きいものが、解された場所にあてがわれた。
やっぱり怖いけど。不安がないって言ったら嘘だけど。
だけど ―― 目の前に和谷の顔があるから。
覚悟を決めて、なるべく硬くならずに入ってくるのを待った。
「進藤、好きだよ。……愛してる」
「ひあぁぁぁぁ…っ! わ、やぁっ!!」
痛い熱い痛い。
「大丈夫、大丈夫だから」
苦しい痛い苦しい。
「ほら、最後まで入ったから。わかるか?」
涙はもう滝みたいに流れっぱなしで。もしかしたら鼻水とかも出てて、たぶん顔はみっともなくぐちゃぐちゃで。
「大好きだよ、進藤」
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