裏階段 ヒカル編 111 - 115
(111)
ゆっくり顔を近付け、先生のその何も言わない唇に自分の唇を触れあわせた。
そのまま食らい付くように吸い、先生の唇に歯を立て齧るようにして吸った。
それでも先生は微動だにしなかった。
ただ少し悲しげな表情でオレを見つめている。
そんな先生からゆっくり唇を離す。
思わずフッと笑いが込み上げた。
最後の最後まで何かを期待した自分が哀れに見えた。
saiを恨む気はなかった。先生の心を手に入れられるだけのものをオレが持っていなかった、
ただそれだけなのだから。
「…saiは必ず探し出してみせます…」
間近で先生の目を覗き込み、そこに映る自分に言い聞かせるように伝える。
「saiに伝えてあげますよ、先生の…あなたの気持ちを。…オレのやり方でね」
皮肉な事に、その言葉に先生の表情が最も大きく反応した。
――やれるものなら、やってみるがいい。
そう受けて立つような、強い視線だった。
そのまま暫く先生と睨み合った後、眼鏡を手に取り、上着を一揺すりして整え、
オレは部屋を出た。
saiを捕らえ手に入れる。その時からそれがオレの目標となった。
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病室を出ると、廊下の少し離れた場所でアキラが立って待っていた。
「緒方さん…」
「…明子夫人は?」
「先に帰りました。…家で明日の退院の準備をするからって…」
答えている途中のアキラの手首を掴んで廊下を進んだ。
「お、緒方さん…?」
バランスが崩れて転びかかり、更にオレに強く腕を引かれた事でアキラは何とか歩調を整え、
不安な表情ながらもオレに手を引かれるまま大人しく従った。
そのアキラを車まで連れて行き、助手席に座らせて車を発進させた。
マンションに戻ると直ぐにアキラを寝室のベッドの上に押し倒し
有無を言わさず乱暴に彼の衣服を剥ぎ取り、その身に食らい付いた。
この親子に対しては、もう何の遠慮も建て前的な思慮も持たまいと思った。
こいつらは果てしなく貪欲なだけだ。自分が手に入れたいものに対して。
そしてそういう者だけがsaiと渡り合える気がした。
saiもまた、同質なのだろう。
この世の誰よりも深い碁に対する、強い打手と出会う事に対する
執着心そのもののような存在、それがsaiなのだ。
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アキラはまるで無抵抗のままだった。それはいつもの事だったが、
こういう事態を予測していたように、まるで病室の中でのオレと先生との会話を
聞いていたかのように、黙ってオレの怒りをその身に受け容れていた。
激しくベッドを軋ませ、その身を責め抜かれるままにアキラは唇を噛んで耐えていた。
暫く期間があった上に、十分な準備を与えられなかったアキラの肉体にはかなりの
苦痛を受けているはずだった。
にも関わらずオレの下腹部にハッキリとアキラの肉体の一部が堅く反り上がって
先端から果蜜を次々と玉状に溢れ出させ流れさせていく。
堅く結んだ口元からも、その吐息に、甘い呼気が時おり混じる。
喜んでいやがる。はっきりそうとは判らない程度に自ら腰を微妙に動かし、貪欲に
無意識により深く快感を得ようとしている。
そのアキラの内部が締まり、小さく戦慄いて一気に頂点に駆け抜けようとする。
その間際にアキラの顎を手で掴み、揺さぶって言い聞かせる。
浮遊していた意識から引き戻されてアキラは朦朧とした瞳をオレに向けた。
「…オレがsaiを見つけだす…。そしてオレのやり方で伝えてやる…、お前の思いの分もな…」
「…緒方さん…!?」
「……………進藤を抱くかもしれん」
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それが、その時のオレが見つける事ができた唯一アキラに痛みを負わせる事が出来る言葉だった。
全身に冷や汗を吹かせ、その雫で額に張り付き乱れた黒髪の間でどんなにアキラに
苦悶の表情をさせても、何度となくその端正に整った唇に不釣り合いな淫らな吐息を吐かさせても
この父子から受けた敗北感は拭えないのだろう。
オレの言葉に驚いたように目を見張ったアキラの体をうつ伏せさせ、背後から突き上げる。
腰を抱えるように前に回した手で乱暴にアキラ自身を抜くと、アキラは小さく悲鳴をあげて体を引く。
それを捕らえて一層深く尽き、ねじり込む。
数回それを繰り返すとアキラはシーツに突っ伏し呻いた。
そのまま手の動きを速めると間もなくアキラの下肢が激しく震え、オレの手の中に温かいものが
弾け出た。やけに静かだったのはアキラがシーツを噛んでいたからだった。
あくまでオレを気遣おうとするその態度が勘に触る。
アキラのその部分から手を離し、上からアキラのニの腕をシーツに押し付ける格好で
そのまま動き続ける。
「はあッ…ああ…っ!!」
耐え切れなくなってアキラがようやく声をあげた。
僅かに腰を浮かして抱え直し、さらに限界まで白い双丘を左右に押し開く。
「…っ!」
アキラが羞恥に身を震わす。
こちらを深々と銜えて汗にまみれた谷間の中心が鮮紅色に腫れ上がって蠢く様子が見える。
その奥深くに情欲を吐き出し、内臓に塗り込むように肉芯を打ちつけ動かす。
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「くあっ…!あ!…あうっ…!…あううっ!」
唾液に濡れたシーツに顔を伏せ、アキラが断続的に嗚咽に近い声を漏らした。
そうしながらオレは病院で進藤を追い掛け、咄嗟に掴んで引き寄せたその腕があまりに細く、
その身が軽くかった事を思い出していた。
「進藤を抱く」という自分の言葉に暗示にかかったように、その時オレは進藤の体を押さえ付け
存分に味わう場面を想像していた。
オレの体の下で、頬を紅潮させ喘ぐ進藤の幻影が揺らめいていた。
再度アキラが絶頂の悲鳴をあげた時、同様に進藤の幻影も悲鳴をあげた。
何の事はない。病院での一件でオレは進藤に対して激しく欲情していたのだ。
あの時、瞬時に彼を碁会所の前で見かけて駆け寄りその腕を掴んだ感触が蘇った。
アキラ以上に華奢で儚げな骨格であった。
病院の廊下で、あの時と変わらずその身は力を込めて引き寄せるとその体は重さがないもののように
一瞬彼の体が中に浮き、こちらが力を制御する間もなく思いっきり壁に打ちつけてしまった。
スローモーションのように彼の柔らかな前髪がなびき、少女のようなか細い声が彼の唇から漏れた。
廊下で駆け出した進藤を追った時、逃げる進藤の体を捕らえた時
父親が倒れた心細さに震えるアキラを見た時と同様に、いや、それ以上に
オレは強い興奮を覚えていた。
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