Linkage 113 - 114
(113)
アキラは今時珍しいほど素直な性格の子供なのだろう。
それは常日頃緒方が感じていることだった。
ただ、その素直さが自己の欲求に対する忠実さと通底するものであり、時として他者を振り回す
我が儘さになり得るものであることも、経験上知っている。
だが、そんなアキラに振り回されることは、緒方にとって決して不快なことではない。
「焦る必要はないか……。やはりアキラ君はそう満更でもなさそうだったし……あれで結構
エピキュリアンなのかもな」
嫌々ながらも肉体の快楽を知ってしまった以上、アキラはその性格故に自己の欲求を満たす
方法を模索せざるを得ないだろう。
今日のことはきっかけになる、そう緒方は感じていた。
年齢的にも、アキラが自慰行為に目覚めたところで何ら不思議ではない。
だが、自慰行為に満足しきれず相手を求めることになれば、その相手は自ずと決まってくる。
(……後悔していないと言えば嘘だが……生憎、オレは禁欲主義を貫ける甲斐性なんて持ち合わせて
いないからな。……それにしても、セックスとドラッグを覚えた小学生に自制心が保てるのか?
大人のオレでもこのザマなのに……)
緒方は唇の片端をつり上げると、ライターをスラックスのポケットに入れ、煙草を灰皿に押し付ける。
チラリと時計を見遣ると6時半を僅かに過ぎたところだった。
(アキラ君は自分の部屋で制服を着替えている頃かもな……)
嫌でも目に入るであろう身体中の愛撫の痕跡に溜息をつくアキラの姿を想像し、緒方はひとりごちた。
「明日の体育は着替えで一苦労だな……ハハ。しかし……いい加減オレも腹が減ってきたな。とりたてて
食いたい物もないが……赤坂で蕎麦でもさっと食って帰るか」
舌打ち混じりに空腹を訴える腹部をさすると、ハザードランプを消し、差し込んだままのキーを軽く捻って
ロータリーエンジンの轟音を響かせた。
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「あっ、緒方先生!アキラ君なら奥にいますよ」
碁会所の入口の自動扉が開くなり、受付から市河の明るい声が飛んで来た。
「昨日は緒方先生がいないからって、アキラ君、来てすぐ家に帰るって……」
「そうなのか?それはアキラ君に悪いことをしたな」
市河の言葉をさりげなく受け流し、スーツ姿の緒方はアキラの席に向かった。
(我ながら、よくもまあいけしゃあしゃあと……)
常連客が碁を打つ机の間をすり抜けながら、思わず自嘲的な笑いを漏らす。
人気の少ない奥の座席で静かに碁盤に向かうアキラを見つけ、緒方は背後から近寄った。
アキラが常ならぬ様子であることは後ろ姿からも見て取れる。
緒方は元気のないその肩にそっと触れると、穏やかに尋ねた。
「昨夜はどうだった?」
「あっ、緒方さん。思ってたより早く来てくれたんですね」
アキラはどこか慌てた様子で盤上の碁石をジャラジャラと掻き集めると、緒方に僅かに微笑んだ。
(例の少年との一局だろうな……)
緒方はアキラの行為を問い質すことは敢えてせず、向かいの席に腰掛ける。
「心配だったから、棋院から猛スピードで車を飛ばして来たのさ。……で、どうだったんだい?」
「凄い勢いで寝ちゃいました。飲んで横になったら、すぐにウトウトしてきて……」
「それなら良かった。起きてからの気分は?」
「緒方さんの言った通りで、かなり早く起きちゃったんですけど、気分は特に悪くなかったなぁ……。
今も何ともないし」
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