平安幻想異聞録-異聞- 113 - 114


(113)
部屋というよりは書庫だ。
「ここなら誰も来ねぇよ」
「怒られない?」
「平気だろ。座間が会議から上がってきたら教えてやるから寝とけ」
加賀が、多少ホコリのある床の上に腰を下ろす。
ヒカルも、寝る場所を探しているのか、少しキョロキョロしていたが、やがて、
加賀の後ろに横向きにペタンと座った。そのまま、加賀の背中に寄りかかる。
「おい……っ」
その辺で適当に寝っ転がるだろうと思っていた加賀は、ヒカルの体温と柔らかい頬の
感触を背中に感じてギョッとする。


「向こうにいくらでも場所あるだろうが!そっちで寝ろ!」
「加賀。オレの言うこと、多少無理でも聞いてやるって言ったじゃん」
「それとこれとは別だ!重い!暑苦しい!」
「やだー、オレここがいい。ここで寝るー」
口の中でブツブツ言いながらも加賀が黙った。
しばらくして、加賀の背中で小さくつぶやく声が聞こえる。
「加賀」
「なんだ?」
「ありがとな」
「そう思うんだったら、とっととお前の周りの問題片づけて、通常勤務に復帰しろ」
「うん…」
やがて、しんと静まりかえった薄暗い書庫の中に、スウスウと近衛ヒカルの
心地良さそうな寝息が聞こえ始めた。
じっとそれを聞きながら、加賀はヒカルと出会ったころを思い出す。
近衛ヒカルが検非違使として出仕するようにになったのは、1年半ほど前だった。
元服を終えたばかりの、まだほんの子供で、若い人間が多い検非違使でもここまで
年若いやつはなかなかいなかった。
ただでさえそうなのに、生来の童顔がさらにこの少年検非違使を幼く見せる。
おまけに、行動もふらふらふらふらと、危なっかしくて見ててイライラするのだ。
いくら幼くたって、いったん検非違使庁に入ったからには一人前の武官だ。
ここは一発ヤキをいれて、気を引き締めてやるかと、庭に引っ張り出して、木刀で
打ち合った。
そして、驚いた。
幼い顔に似合わない、剣の腕。しかも、けれん味のない、いい太刀筋だった。
聞けば、幼い頃に他界した父の代りに、祖父に物心付いたときから「おまえが
近衛の家の家長なのだから、恥ずかしくないように」と武芸に関してはみっちりと
しこまれたらしい。


(114)
それ以来時折、近衛ヒカルと打ちあうが、検非違使仲間でも1,2を争う腕の
自分が、三本に一本は持っていかれる。
それだけではない、市中見回りなどの職務でも、加賀はヒカルと組まされる事が
多かった。検非違使は町中を見回りながら、時には町人達の言い争いや、
ケンカの仲裁もする。近衛ヒカルも、もちろん彼なりにその職務を一生懸命
こなそうとするのだが、いかんせん、あの童顔があだになる。ケンカに割って
入っていさめても、子供の言うことなど聞けるかと嘗められてしまうのだ。
だからか市中見回りでは、反対に泣く子もだまる強面で通っている加賀が、
ヒカルと組まされる。
そんな事情もあって、加賀とヒカルは検非違使の中でも、割りに一緒にいる
時間が長かった。
だが、苦にならなかった。むしろこの童顔の少年検非違使に、いろいろ教えたり、
職務の手助けをしたりするのは楽しかった。近衛ヒカルはふらふらしているように
見えても、仕事で手を抜いたことはなかったし、教えたことは一生懸命にこなした。
平たい話が、加賀はヒカルを気に入っていたのだ。
加賀は自分の背中によりかかるヒカルの方へ首を巡らせた。
視線を落とすと、投げ出された右手首が目に入った。
僅かに、何かでこすられたような、縛られたような痕がある。
それは手首を縄で縛られた罪人が、それをほどこうと暴れたときに出来る傷跡に
よく似ていた。
「おまえ、座間んとこで何されてんだよ」
思わず舌打ちがもれた。
頼って欲しいと思ったが、ヒカルがそれをよしとしないのなら無理強いは
できない。
だから、加賀は静かに、眠るヒカルに語りかける。
「早く帰ってこいよ、近衛。みんな待ってるんだぜ」
そして、誰が聞いているわけでもないのに、照れ隠しに付け加えた。
「お前がいねぇと、オレの剣の練習相手になる奴がいねぇんだよ」



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