Linkage 115 - 116
(115)
緒方がホッと胸を撫で下ろすのを見て、アキラはクスクスと笑った。
「体育もちゃんとできましたよ。8段はまだ跳べなかったけど……」
緒方は危うく「着替えは…」と口走りそうになる自分に気付き、一呼吸おいてから口を開いた。
「ハハハ、それは惜しかったな。……それはそうと、市河さんによるとアキラ君は昨日ここに来て
すぐ家に帰ったことになってるようだが……。口裏を合わせておいたぞ」
ニヤリと笑う緒方に照れ臭そうに頷くと、アキラは話題を変える。
「そういえば緒方さん、今度の日曜日に棋院で子供の大会があるんでしたよね?」
「ああ…『全国こども囲碁大会』か。オレは当日審判をやることになってるんだ」
2人の会話を遮って、市河が緒方に声を掛ける。
「緒方先生、指導碁お願いします」
「ヤレヤレ」と肩をすくめて、緒方は立ち上がった。
市河が受付に戻るのを確かめて、アキラの耳元で囁く。
「取り敢えず安心したよ。足りなくなったら連絡するんだぞ。まあ使い過ぎも困るんだがな」
アキラの肩をポンポンと叩いて笑うと、緒方は席を離れた。
「……『全国こども囲碁大会』か……」
アキラはそうぽつりと呟いて碁盤に向かい、再び先日の少年との一局を重苦しい表情で並べ始めた。
(116)
「アキラ、オレと打たないか?」
金曜日の夕方、相も変わらず碁会所の奥の席でひとり碁盤に向かっていたアキラに、
芦原が声をかけた。
芦原もアキラが先日打った謎の少年との一局については知っているが、その声は
いつもと変わらぬ呑気なものだった。
芦原が気を遣っているのかどうか今ひとつ量りかねるものの、朗らかに誘いの言葉を
かけてくれる芦原の存在をアキラは内心有り難く思っている。
だが、そう思いながらも、やはり誰かと一局打てる精神的余裕は今のアキラにはなかった。
「……ごめんなさい、芦原さん。ボク、今は……」
元気のない声で謝るアキラの様子を離れた席から見ていた常連客が、気を利かせて
芦原を呼ぶ。
「芦原先生、指導碁お願いできますかねェ?」
芦原は客の方を振り向いて「はい、いいですよ」と屈託なく答えると、アキラに
向き直った。
「そうかァ、残念だな〜。じゃあ、今度打とうな!」
小さく頷くアキラに微笑むと、芦原は客の席に向かおうと踵を返した。
その目の前に緒方が現れる。
「なんだ、芦原も来てたのか」
「うわァッ!いきなり現れるなんて、びっくりするなァ」
煙草の煙を芦原に向かって吹きかけると、緒方は呆れたように鼻を鳴らした。
「フン、なんだその言い種は……。今日はどうした、芦原?」
「どうしたって、これから指導碁ですよ」
「そうか。頑張ってくれよ、芦原センセイ!」
緒方はそう言って笑いながら芦原の肩を叩くと、芦原の横をすり抜けてアキラの
向かいの席に腰掛けた。
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