平安幻想異聞録-異聞- 115 - 116


(115)
パチリと小気味の良い音をさせて、碁盤の上に石を置く。
さすがに碁盤も碁石もいいものを使っている。
いい音がするのはヒカルの打ち方がうまいせいではなく、使う物の材質が良い
せいだ。
座間邸に与えられた一室で、ヒカルは一人で碁を打っていた。
あの加賀と内裏で出会った日から2日。
最初に座間と参内した日以来、佐為とは会っていない。噂にきけば、
方違えだの何だのと理由をつけて休んでいるらしい。
やはり、自分のせいなんだろうか。自分がここに来たことはそんなにも佐為を
傷付けてしまったのだろうか。
その代わりに、いやな奴とは毎晩顔を合わせている。
座間と菅原は、昨日も一昨日も、夜がふけると、ここに通ってきた。
抗う間もなく、夜着をはがれ、床の上に引き倒される。
その度にあたらしい絹の布が持ちだされ、割かれ、ヒカルは猿轡をされる。
腕を押さえつけられ、肌を嬲られ、中に押し入られて、奥の奥まで蹂躙される。
そして、ヒカルが与えられる熱に抗って声を抑えようと苦悶するのを見て喜ぶ。
それでも、と思う。
それでも大分慣れてきてしまった。
慣れれば、体の感覚と心を切り離すのは簡単だった。
熱にいぶられる自分の体、快楽に苛まされておもわずせりあがる喘ぎを
自覚しながら、どこか覚めた頭で、他の事を考え、時には座間と菅原の
やりようを観察することさえ出来る。
こんな所でも、心さえ明け渡してしまわなければ自分は自分でいられるのだ。
もちろん、ヒカルがそんなふうに、荒々しい情事(と、あれが言えるかどうかは
知らないが)に集中していないことなど、座間達にもわかっている。
だから、昨日の座間達は、事さらしつこくヒカルの体に吸い付き、体位を替え、
手管を変え、前から後ろからヒカルを責め立てた。
それでも、ヒカルがなかなか自分を手放さず、猿轡を勝れた口の奥で苦悶の声を
殺して耐えているのが気に入らず、焦れている様子がヒカルにもわかった。
(ざまぁみろだ)
だが、昏倒するように眠りに入って、ほとんどすぐに朝餉にたたき起こされたのは
さすがにしんどかったけど。でも、その後また、寝ることができた。
今日は物忌みだとかで、座間が参内を休んだのだ。


(116)
だから、日が高く昇るまでヒカルはゆっくりと休息を取ることが出来た。
明日は、宮中で大きな行事があるせいか、その準備のために座間宛ての
文やら伝来やらが、落ち着きなく屋敷の外と内を行き来している気配が
絶えず、誰も彼もそちらの用事で忙しいのか、放って置かれたのも、ヒカルには
幸運だった。
午後になり、だいぶ疲れも取れて、ようやく起き上がったが、座間について
出仕する時以外はこの部屋を出ることを許されていないヒカルは何もすることが
なかった。
だから、侍女を呼んで、碁盤と碁石を持って来てもらったのだ。
カチャリと小さなこすれ合う音をさせて、碁笥からそれを取り上げ、パチリと
音をさせて、かの人をまねて白い石を置く。
碁を打てば思い出すのは佐為の事ばかりだ。
並べるのも、いつだったか佐為と打った一局。
ヒカルは佐為と打った棋譜は全部覚えている。
碁はそんな熱心に勉強したわけでないし、もちろんまだ佐為には一度も
勝てたことはないけれど、その覚えの良さだけは佐為に褒められた。
ヒカルは一度打った棋譜、見た棋譜は絶対に忘れない。
佐為のものならなおさらだ。
佐為との棋譜を並べているとまるで佐為と話しているようと思った。
『碁を打つことをね、手談とも言うんですよ』
出会って、ヒカルが碁を覚え始めたばかりの頃、佐為がそう言っていたのを
思い出す。



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