平安幻想異聞録-異聞- 116 - 120


(116)
だから、日が高く昇るまでヒカルはゆっくりと休息を取ることが出来た。
明日は、宮中で大きな行事があるせいか、その準備のために座間宛ての
文やら伝来やらが、落ち着きなく屋敷の外と内を行き来している気配が
絶えず、誰も彼もそちらの用事で忙しいのか、放って置かれたのも、ヒカルには
幸運だった。
午後になり、だいぶ疲れも取れて、ようやく起き上がったが、座間について
出仕する時以外はこの部屋を出ることを許されていないヒカルは何もすることが
なかった。
だから、侍女を呼んで、碁盤と碁石を持って来てもらったのだ。
カチャリと小さなこすれ合う音をさせて、碁笥からそれを取り上げ、パチリと
音をさせて、かの人をまねて白い石を置く。
碁を打てば思い出すのは佐為の事ばかりだ。
並べるのも、いつだったか佐為と打った一局。
ヒカルは佐為と打った棋譜は全部覚えている。
碁はそんな熱心に勉強したわけでないし、もちろんまだ佐為には一度も
勝てたことはないけれど、その覚えの良さだけは佐為に褒められた。
ヒカルは一度打った棋譜、見た棋譜は絶対に忘れない。
佐為のものならなおさらだ。
佐為との棋譜を並べているとまるで佐為と話しているようと思った。
『碁を打つことをね、手談とも言うんですよ』
出会って、ヒカルが碁を覚え始めたばかりの頃、佐為がそう言っていたのを
思い出す。


(117)
その通りだと思った。
佐為の石の運びの一つ一つに、その人となりがうかがえる。
ヒカルは、そうやって、佐為の石の運びを眺めるのも好きだったが、
碁を打っている佐為自身を眺めるのも、とても好きだった。
怖いけど、綺麗だった。その一局が難しいものであればあるほど、あたりの空気が、
キリキリとしぼり上げられた弓弦のように緊張して、痛いように張りつめる。
そのくせ、それは透明な玻璃細工のように繊細で、壊れやすい感じがするのだ。
そんな時は、佐為の近くにいるヒカルも、その空気を壊さないように、息をひそめて
おとなしくする。そっと、うかがうようにして、佐為の横顔を眺める。盤上を
切りつけるようにヒタと見つめる、厳しい視線。でも、そんな時の佐為の瞳が
ヒカルはとても好きだった。
佐為が、碁盤の上にその一手を置く、手の形、その白さまでが、まるで目の前に
佐為がいるかのように思い出される。
ふいに、体が熱くなった。昨日の晩もこれ以上は無理と思うほど、責め上げられた
のに、佐為のことを考えただけで、こんなにも、体の中心が熱を持つ。
佐為に抱きしめられたいな、と思った。
あの白い狩衣の胸に顔をうずめて、胸が透けるように心地の良い、あの菊の香の
かおりの中に埋もれられたら、どんなに心地いいだろう。
その時、廊下と部屋をしきる御簾が上げられて、座間が部屋に入ってきた。


(118)
御簾が上げられるのと同時に、赤銅色の西日が差し込んだ。
秋の陽が、すでに山すそ近くまで下っている気配。
もうそんな時間かとヒカルは思った。
座間が碁盤の向こう側に座る。
「佐為殿との一局か?」
「………」
ヒカルは答えない。だが、盤面から目線をはずし、わずかに座間を見上げた
動作に明るい色の前髪が揺れて、夕陽を照り返し、金色に光った。
座間は碁盤の向こうから腕をのばし、手にした扇で、ついとそのヒカルの
細い顎をすくい上げる。ヒカルは黙ってされるがままになった。
「ふん、その澄ました顔。だんだん、奴に面ざしが似てきおって。かわいげの
 ないことよ」
座間がいう『奴』というのが佐為の事だというのはわかったが、
自分と佐為の顔が似ているなどとは一度も思ったことのないヒカルは、
座間の言葉に内心戸惑った。
どちらかというと、外見は正反対じゃないだろうか? 自分と佐為は。
ヒカルの心の中に起った、そんな小さなさざ波には気付かず、座間が言い放つ。
「鳴かぬ鳥にも、もう飽いたわ」
口の片端だけをあげて、顔の半分で座間が笑う。
落日がその顔の半分を染めて、血に濡れているようにも見えた。
「今宵は今まで四日分、たっぷりと啼いてもらうでのう。他の事など
 考えられぬ程にしてやろうぞ」
ヒカルの顎の下から、するりと扇の感触が無くなる。
座間は立ち上がると、振り返りもせずに部屋を出ていった。
ヒカルは、再び降ろされ、部屋と外界を遮断した御簾を、じっと睨みつけた。


(119)
陽が完全に落ち、涼やかな秋の風が、ひんやりと、吹かれて楽しむにはやや
冷たいものにに変わる。
庭先で、マツムシ鈴虫が、秋の音を奏で始める頃。
座間達が訪れる時刻よりひと足早く、いつもの侍女が部屋を訪れ、隅の方で
なにやら、変わった香をたきはじめた。
ムッとした甘い香りが立ちこめる。
体にまとわり付くようなその香気の濃さは、頭が痛くなるほどだった。
暗い部屋を、ぼんやりと照らし出す灯明台に油が足される。
侍女が退出し、しばらくすると、座間と菅原がやってきた。
「脱げ」と命じられる。
それは昨日やおとといと同じだった。
立ち上がったとき、ふらりと足元がよろめいた。連夜の疲れがたまっているのだ
と思った。
狩衣の留め紐に手をかけ、それをほどいて、肩から落とす。
次に指貫の足首の紐をほどこうとして下を見て、床がくらりと回った。
(あれ……?)
気がついたら、床に倒れていた。いつ倒れたのかもわからなかった。
何か時間の感覚がおかしい。
「どうされたか、検非違使どの?」
ヒカルの横でその様を見物していた菅原が、扇子で口元を隠しながら言った。
だが、その口元が笑っているだろうことがヒカルにはわかった。だから強がって、
もう一度、しっかりと床板を踏みしめ、立ち上がり、指貫の腰ひもをほどく。
しかし、たったそれだけの動作にまたしても足がもつれて、ヒカルはヘタリと
床の上に転んで倒れてしまった。
腰に力がはいらない。
平衡感覚が崩れて、なんだか自分が今、どこにいるかもわからないぐらいに
頭がぼんやりしている。
(なんで……)
「さすが、この薬の効果は絶大ございますなぁ、座間様」
(薬?)
座間が立ち上がって近寄り、床に倒れ伏すヒカルの目の前にかがみ込んだ。
その顎をつまんで、幼さの残る顔を、自分を見上げる角度に持ち上げる。
「気付かなかったか? まぁ、無理もないわ。だが、わしらのように、ある程度
 体が慣れてしまっていれば、さほどのこともなくなってしまうが、初めてでは、
 いっそ辛いほどであろうよ、この香は」


(120)
(この香が…なんだって?)
ヒカルはどこかフワフワする頭で、座間の言葉を聞いた。
「そう不思議そうな顔をするな。この香は、唐の国の後宮から伝わった秘伝の
 ものでの。本来は後宮に上がって初めて皇帝の寝所にはべる処女のために
 焚かれるものだそうじゃ。心地よいであろう?」
座間がヒカルを体ごと引き寄せた。抗おうとしたが、体に上手く力が入らず、
それは形ばかりのものになってしまった。
座間が、座ったまま、その体の中に、ヒカルを背中向きに抱き込む。
ごつごつした大きな右手がヒカルのわきの下を通って、単衣の合わせから中に
忍び込み、ヒカルのしっとりとした肌に触れた。
「くんっ」
触られただけで、背筋を駆け抜けた甘さに、ヒカルが思わず肩をすくませた。
自分の皮膚の表面が、常以上に過敏になっているのがわかった。
「唯でさえ、感じやすい体なのにのう、これではひとたまりもあるまい」
「今宵は、異国の寵姫を愛でる気分で、楽しむのも一興ですなぁ」
座間が、ヒカルの肌をたどった。まだ薄づきの胸の筋肉をなで、腹から腰へ、
腰から、円い双丘へ。そのみずみずしい少年の肌を愛でる。緊張のため、
わずかにしっとりと汗ばむヒカルのそれは、まるで座間の手に吸い付くように
なめらかだ。座間の腕の中溜め息のような、甘いうめき声が、ヒカルの鼻から
喉へ抜けた。
そういえば、いつもならこの辺で、ヒカルの前で上等の布が裂かれ、猿轡をされる
のに、今日はそうするつもりはないらしい。だが、それはむしろヒカルにとっては、
今日は容赦するつもりはないのだと、座間と菅原に言われている気がして、
心がすくむ思いがした。
座間の手が、双丘から割って入り、ヒカルの秘門のまわりを、柔らかくほぐすように
圧したり揉んだりする。ヒカルの呼吸が速くなった。
そうしながら、今度は座間の左手が、単衣の布の上からヒカルの乳首のあたりを
まさぐる。
布ごとこすられるその感触に、ヒカルのそこはすぐにぷっくりと立ち上がって座間を
喜ばせた。
座間の右の中指が、つぷりと、あたたかいヒカルの菊の門の中に入れられた。
「おぉ、これは心地よいのう」
そう座間が感嘆の声をもらずほどに、ヒカルのそこは柔らかく、座間の指を
受け入れて包んだ。



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