Linkage 119 - 120
(119)
アキラは背を丸めて手の中の碁石をそっと碁笥に戻すと、両手で胸を押さえた。
耳朶の熱が全身に広がったのだろうか、やけに身体が火照る。
理由もわからないまま疼き始める下半身に、アキラは羞恥心から顔を紅潮させた。
幸いなことに、股間はまだ制服のズボンを押し上げるような状態には至っていない。
(今日はもう帰ろう……)
盤上に残った碁石を碁笥にしまうと、アキラはスウッと息を大きく吸って立ち上がった。
緒方や芦原が指導碁を打つ机の間をすり抜け、一直線に受付に向かうアキラを芦原が呼び止める。
「アキラ、もう帰るのかー?」
アキラは芦原の方を振り返って小さく頷いた。
「じゃあね、芦原さん。…………緒方さんも……」
そう言いながら緒方を一瞥すると、そそくさと受付に向かい、市河からランドセルを受け取った。
「今日は随分早く帰るのね」
「うん、ちょっと……。土日も来るね」
「気を付けて帰るのよ、アキラ君!」
市河の言葉にニコッと微笑んで頷くと、アキラはランドセルを背負いながら足早に碁会所を後にした。
緒方は終始アキラに視線を向けることなく指導碁を打つ盤上を見つめ続けていた。
ただ、アキラが出ていった自動扉が閉まると同時にパチリと白石を打つと、誰にも気付かれない程度に
肩をすくめて苦笑を噛み殺した。
(120)
自宅に帰り、着替えと夕食を終えたアキラは自室で机に向かっていた。
学校の宿題になっている社会のプリントを手際よく終わらせ、来月受験する海王中学の
過去問題集を開く。
壁の時計をチラリと見ると、昨年の算数の問題を解き始めた。
(計算量が多いけど、そんなに難しくないや。試験時間が余っちゃうんじゃないかな?)
案の定、全問解き終えても残り時間は十分にあった。
計算を見直しながら、ふと夕方の碁会所での出来事を思い出す。
(緒方さん、どうしてあんなこと……)
緒方に触れられた項から耳朶にかけてが僅かに火照った。
「あっ!計算間違えてた」
普段ならまずしない単純なケアレスミスだ。
慌てて消しゴムで間違えた箇所を消すと、アキラは正しい値を書き入れた。
(こんな風に過去も消しゴムで消して修正できればいいのに……)
進藤ヒカル──彼に会わなければ、自分と緒方との関係にこれほどの変化は
生じなかったのではないか。
確実に変わりつつある状況に、言いようもない不安が胸をよぎる。
これから先、髪を撫でたり、軽く肩を叩いたりする緒方の何でもない行為にすら、
あれこれ勘繰ってしまうのかもしれない。
(考えない方がいいんだ。考えすぎるから……)
計算用紙の上にポツポツと散らばる消しゴムのカスを指で掻き集めてごみ箱に捨てると、
椅子の背に凭れてゆっくりと息を吐き出した。
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