裏階段 三谷編 12


(12)
その時に彼の体内を駆け抜けた痛みを自分はよく知っている。知っていて与えている。
痛みの向こう側にある痛み以外のものも知っているからだ。だから彼も、こうして
声にならない悲鳴をあげながらも受け容れている。人はそれが自分が選んだ痛みなら
受け容れられる。

「…君はあの時、どんな気持ちだった?」
ひとしきり彼が激痛に喘ぎようやく落ち着いた時に訊ねてみた。
こちらの質量に彼の体が慣れるまで動くつもりはなかった。
彼の心臓の鼓動がそのまま伝わって来そうな程に彼の体の奥深くに我が分身は
入り込んでいた。
「な…んのはな…し…?」
胸を激しく上下させて天井を見つめたまま彼は聞き返し、しばらく沈黙した後、
ああ、と小さく唸った。
「…べつに…」
新聞社が主催の小さな囲碁のイベントがあった。
自分は参加の予定はなかったのだが、近くに用事があり、ついでに立ち寄ってみた。
進藤が指導碁で参加していたからだ。
以前の同じようなイベントで、プロになって間もなくにかかわらず進藤は
なかなかどうして、上手い具合に年長者を相手に上手く打ち方を解説していた。
その時と比べて格段に腕を上げ、落ち着きを持ち始めた進藤が今度はどう指導するか
見てみたいと思った。彼を、その会場の片隅で見かけたのだ。



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