誘惑 第三部 12


(12)
どれだけそうやって見つめあって――睨みあっていたろう。
ついにアキラがあきらめたようにゆっくりと目を伏せる。ヒカルはその長い睫毛が震えるさまに見惚
れていた。アキラが俯くと、黒髪がサラリと落ちてアキラの頬を隠す。
なんてキレイなんだろう、とヒカルは思った。
夜の街灯の明かりの下で彼の黒髪はいつもより更に深い影を落とし、白い顔が一層白く見える。
こいつはどうしてこんなにいつもいつも、誰よりもキレイで、オレは目を離せないんだろう。
「ゴメン…突然、押しかけて、勝手な気持ちを押し付けて。
でも、キミがもうボクを好きじゃなくても、それでもボクはキミが好きだよ。」
弾かれたようにヒカルが顔を上げると、アキラは寂しそうに微笑んでヒカルを見ていた。けれどヒカル
の視線にとらえられて僅かに口元が歪む。そんな顔を隠すように、アキラはくるりとヒカルに背を向け、
そのまま足を踏み出そうとした。
ダメだ。行ってしまう。このまま行ってしまう。イヤだ。そんなのはイヤだ。行くな。行かないでくれ。
「ま…てよ…」
震える声を、やっとの思いで絞りだした。ヒカルの呼びかけに、アキラが立ち止まった。
「…な…んだよ、おまえ…逃げんなよ。勝手な事ばっか言ってんなよ…」
「進…藤?」
「なに、自分の言いたい事ばっか言ってんだよ。
ふざけんなよ。おまえ、ちっとも変わってねぇじゃねぇか。人の話も聞けよ…!」
ヒカルは顔を上げて、アキラを睨みつけながら続けた。
「おまえはここに来るまでにずっと何言おうとか、どう言おうとか考えてたかも知れないけど、急に言わ
れたって、こっちは急に返事なんかできねぇよ。
それを勝手に決め付けんなよ。誰が…誰がおまえを嫌いだって言ったよ?
誰がおまえ以外に、おまえ以上に好きなヤツがいるって言ったよ?
譲れない気持ちがある、って言うんなら、オレにも聞けよ。」



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