平安幻想秘聞録・第二章 12


(12)
「名を明かさなかったのは、賢い判断でしたね。それでも、光の容姿は
目立ちます。近衛の屋敷に、問い合わせの一つや二つ、あったかも知れ
ません」
 行方不明のはずの息子の姿が内裏に現れたと知らされて、近衛の両親
はさぞ驚き、胸を痛めているに違いない。大内裏を騒がせたとお咎めが
あることはないだろうが。
 だが、佐為はそれを口にはしなかった。ヒカルは近衛の家族のことを
気にしていた。自分が姿を出して、ぬか喜びをさせては申し訳ないと。
優しいヒカルを気に病ませるのは、酷なことだった。
「もちろん、私のところに東宮の使者が参られても、知らぬ存ぜぬで通
すつもりですよ、明殿」
「えぇ、その方がよろしいでしょう」
 明に頷き返して、佐為がヒカルに向き直った。
「佐為・・・」
「光は何も心配をすることはありませんよ。たぶん、春の君にしても、
一時の気の迷いでしょうから、しばらく放っておけば、口の端にも乗ら
なくなりますよ」
「そう、だよな」
「えぇ。それに、東宮さまには、既に三人のお后もおられるのですから、
光まで望むというのは、贅沢というものです(笑)
 半分、冗談のような口振りで佐為が話の向きを変える。
「后って奥さんが三人も!」
「身分の高い貴族には当たり前のことですよ」
 出生率は男子の方が僅かばかりに多いにも関わらず、捻れた遺伝子の
せいか男の赤子は弱く、生まれてすぐに亡くなる者も絶えない。また、
戦や労役で命を落とすのも八割方が男だ。元服を迎える頃には、自然と
男女の比率は少なからず逆転していた。



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