トーヤアキラの一日 12 - 13


(12)
自分が頼んだ品物かどうかを頭の中で確認するのに時間がかかって、ボーッとしていた
アキラであったが、違う事がはっきりわかると、気恥ずかしさに襲われて、顔が赤くなるのが
わかる。
「あ・・・・はい、冷凍便ですね」
やっとの思いでそう答えると、すでに門の方に歩き出している配達員を目で見送る。

戸を閉めて溜息をつくと、台所に荷物を持って行く。どうしようかと、暫し考えたアキラは、
取りあえず、中身を確認する事にした。荷物に貼り付けてある伝票には受取人である父の
名前と差出人の名前が書いてある。内容の欄には「大岩井乳業アイスクリーム詰め合せ」と
ある。伝票を剥がすと、それを冷蔵庫のドアにマグネットで付けておく。発砲スチロールに
巻かれている透明のテープを剥がして蓋を開けると、カップアイスクリームがぎっしり詰まって
いた。とにかく溶けないように冷凍庫に入れなくてはいけない。扉を開けて、1個ずつ空いて
いる所に入れていく。バニラ、抹茶、オレンジ、そしてレモン味のアイスがある。
───レモン味か・・・・・美味しそうだな
アキラは微笑みながら、ヒカルとのファーストキスを思い出していた。

それは、北斗杯代表選抜東京予選のあった日の事だった。
アキラが告白したのは1月中旬だったので、それから一ヶ月あまりが経っていた。その間
2人は棋院で顔を合わせる事も殆ど無く、アキラにとっては辛い日々が続いていたのである。
一度すれ違った時、ヒカルは仲間数人と楽しそうに話していた。告白して以来、ヒカルからの
返事待ちであったが、2週間が経過したにも拘わらず、ヒカルからの連絡は全く無かった。
毎日ヒカルの事を想いながら、不安に胸が締め付けられそうだったアキラは、怯えるように
ヒカルに目を向けると、ヒカルは何か言いたげにアキラを見返していた。しかし、友達と
一緒に居るヒカルに話しかける勇気はその時のアキラには無かった


(13)
アキラが、自分のヒカルへの想いにはっきり気付いたのは、『4月にある予選に通る
までは来ない』と言ってヒカルが碁会所から帰ってしまった後の事だ。
初めて出会った時から、アキラの中に占めるヒカルの存在は、本人が意識するしないに
拘わらず大きなものになっていた。自分をはるかに超える力量を持つヒカルに、恐れなが
らも憧れにも似た感情を持っていたのかも知れない。
自分とは打たない、と言うヒカルに、なりふり構わず立ち向かった中学囲碁大会の三将戦。
あの時の失望は、ヒカルに対する激しい「怒り」に変っていたが、心のどこかで、自分を
脅かす存在として、ヒカルが再び自分の前に現れる事を切望していたのであろう。
院生となって再びアキラの前に現れたヒカルの存在を、必要以上に意識している自分が居た。
『まだ出合った頃の進藤の碁の強さが忘れられないからだ』と自分に言い聞かせていたが、
それだけでは説明のつかない、今まで持った事の無い感情が、心の中で蠢いていた。
ヒカルが手合いに出て来なくなった時には、怒りと心配で、学校まで会いに行かずには
居られなかったが、『もう打たない』と言うヒカルに対して、全く無力な自分が情けなく、
またもどかしくもあった。自分に出来ることは、ヒカルの目をもう一度碁に向けさせる事
しか無いと考え、ひたすら碁に打ち込む事で苛立ちを押さえ込んでいた。
ヒカルが復帰して、待ちに待った2年4ヶ月振りの対局。それまでの、追い追われる
関係から、「共に高みを目指す永遠のライバル」に変った瞬間である。
ヒカルの棋力に対する疑心暗鬼にも、アキラなりに心の決着をつけ、今のヒカルの打つ
碁がヒカルのすべてだと思う事にした。

それからの2ヶ月間は、アキラにとって、今までに味わった事の無い充実した日々だった。
学校の帰りに、ヒカルと碁会所で待ち合わせて、碁を打ったり自分達がその週に打った碁の
検討をしながら新しい1手を考えたりする。同じ年と言う事もあって、全く遠慮の無い
意見の交換は塔矢門下の棋士達と研究する何倍も楽しくて、時間が経つのを忘れる程であった。
ついお互いに激昂してケンカになってしまう事もしばしばあったが、それでも次に会った
時には、何も無かった様に話が出来る不思議な関係になっていた。



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