魔境初?トーマスが報われている小説(タイトル無し) 12 - 13
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和谷が正体不明のチューブを手に取った。
搾り出されたのは、透明でぬるっとした液体。なんだろう。
「……これか? これは、潤滑ゼリー。当たり前だけど、濡れるはずないからな。女にも使うらしいけど」
「じゃ、俺のなかに入るわけ?」
「大丈夫。変なものじゃないから」
怯えた表情をした俺の頭を、和谷が安心させるようにぽんぽんと叩いた。
妙な薬品やら、使ったことない避妊具やら、俺の身体に挿れられるんだと思うと怖かったけど。
だけど俺のことを気遣って和谷が用意してくれたものだから、嫌って言えない。
……だけどさ。
「聞いていい?」
「なにを」
「和谷、どこでこんなこと勉強したわけ?」
それまで余裕を見せていた和谷が、ぐっと言葉に詰まって顔を赤くしたのが可笑しくて。
また硬くなっていた気持ちが、ちょっとほぐれた気がする。
「まぁ……いろいろ」
「いろいろって? まさか別の人で試したとか」
「ち、違うって! あの人だよ、冴木さん!!」
「冴木さん?」
冴木さんって、あの冴木さんだよな。
それはわかるんだけど、どうしてここに名前が出てくるんだろう。
詳しい説明を促した俺に、和谷はしぶしぶ口を開いた。
和谷も男同士のセックスのやり方なんてわからなくて、かといってゲイの雑誌を買って勉強する度胸もなくて。
ネットで片っ端から調べていたら、そこを冴木さんに押さえられたらしい。
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「そしたらあの人、『へぇ、和谷ってそっちの趣味あるのか』って……」
そうして翌日に届けられたのは、数冊の雑誌。もちろん全部、「そっち」系のアダルト本。
引き攣った顔で和谷はそれを受け取って、それでも手に入れたからには読み込んで勉強したらしい。
「でも、冴木さんなんでそんな本、持ってるんだろ」
「聞くな、怖いから。でもあの人は、そういうミステリーな人なんだよ」
だけどな。と、ふたりしかいないのに、和谷は声を潜めた。
「冴木さんって、俺たちのこと知ってるような気がする。絶対そう」
「え、まさか!?」
「言われたんだよ。『また大事な対局日に、腹壊すなよ』って」
そのときは俺のことかと思ったけど、俺が腹を壊すはずないしな。そう言って和谷は俺のほうを見た。
心当たり…は、ある。プロ試験のときに下痢して、それまで全勝だった星を落としたんだ。
合格してから、こんな馬鹿なこともしたと笑い話として聞かせたこともある。
「うわー…今度会ったら、どんな顔すればいいんだよ」
「普通でいいだろ。あの人、そういうことに理解あるから。つーか、冷淡っていうのか?」
そんなこと言われても、ちっとも慰めにならなかったけど。
まあいいか、とも思う。
ひとりくらい理解者っていうか、秘密の共有者がいても、それはそれでいい。
冴木さんなら口も堅そうだし。
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