うたかた 12 - 13


(12)

 この苦しみから解放されたい。
 いっそのこと、自分かヒカルが居なくなってしまえばいいのに。
 何でもいいから蹴りをつけたかった。

 いいかげん疲れた。


「ねぇ、加賀ってばちゃんと聞いてんのか!?」
 風邪でいつもと違うヒカルの声が急に届いたかと思うと、目の前に少し怒ったような大きな瞳があった。
「………。」
「さっきから話してんのに、ずっとボーッとしてただろ!」
 近付けた顔を離すと、ヒカルは布団の中に入り直した。
 その時、ヒカルのきれいな背中やまっすぐな背骨が目に入って、思わず目をそらす。
 ヒカルは手にりんごの皿を持っていた。いつの間に取ってきたんだろう、とぼんやり考えていると、ヒカルが急に振り向いた。
「それで、いつ?」
「あ?」
「さっきの話しの続きだよ!やっぱり聞いてなかったなー!!」
 怒りながらもりんごを口に運ぶ。どうやら食欲は湧いてきているようだった。
「…悪い。何て言ったんだ?」
「『元気になったらまた今度会いたいんだけど、いつなら都合いい?』って聞いたんだよ!」
 急に正気に戻った。
 また会う?
 …進藤と?

「加賀?」
「…ない。」

 会えるわけねえだろ。

「え?」
「……『今度』は、無い…。」

 これ以上自制心きくかよ。

「熱が下がったら、すぐ家に帰れ。」

 取り返しのつかなくなる前に。

「お前とは、もう会わない。」


 本当に大切な相手には、手が出せないという話しを聞いたことがあった。
 それは進藤と出会う前で、その時の自分には理解不能だったけれど────




 進藤が大切で大切で、どうしようもねえんだよ、畜生。


(13)

 突然の言葉に、ヒカルがきょとんとした顔で加賀を見つめる。
 その視線が、加賀には痛かった。

「…なんで?」
「………。」
「どうしてだよ、加賀。オレ何か悪いこと言った?」
 戸惑ったような声。
 ヒカルと目を合わせることが出来ない。
「加賀ってば…」
「………。」
「…黙っててもわかんないよ。」
 加賀もわからなかった。何をどう言えばいいのか。
 だんまりを決め込む加賀に頭に来たのか、ヒカルが枕を投げつけた。
「もういいっ!!加賀はオレのこと嫌いなんだろ!!言われなくったって出てってやるよ!もう会わないっ!!!」
(────嫌いじゃないから苦しんだろが、バカ進藤。)
 加賀が、肩に命中して床に落ちた枕を拾い上げるのと同時に、ヒカルは起き上がって服を着始めた。
「おいっ!熱が下がってからって言っただろ!」
 思わずヒカルの腕を掴むと、すごい勢いで振りはらわれた。
 俯いたヒカルの表情は、ひどく辛そうで────絶望に満ちていた。

「しんど…」
「なんでだよ……。」
「…え?」
「なんでみんなオレを独りにするんだよ…っ‥」

 佐為も、加賀も

「………ヤダ……」

 もう独りは嫌だ

「ヤダよ…かが…っ」

 すがるように、加賀の背に腕をまわした。
 加賀がおそるおそるオレを抱きしめるまでに、数秒ためらったのがわかった。

 ────ふいに、視界が歪む。


 泣くもんか
 薄情な加賀のために流す涙なんて、一滴もないんだから。

 でも、背中をぽんぽんってする加賀の手が優しくて。
 『会わない』って言ったのに、優しくて、それが余計に哀しくて。

 泣きたくなんかないのに、涙はしつこく出ようとしていた。




 雨はまだ止まない。



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