光彩 12 - 15


(12)
ヒカルの話を聞いたとき、自分の表情がすっと冷めるのを緒方は感じた。
アキラのことだとすぐにわかった。

アキラを愛しているわけではない。
アキラは愛着のある玩具のようなものだ。
その玩具が、おそらくこれから新たにお気に入りになるであろう玩具と
恋愛ごっこを始めようとしている。
それが気に入らない。
持ち主になんの断りもなく。
むろん、これが自分勝手な独占欲だと言うことはわかっている。
アキラがヒカルを恋慕しているのは知っていた。
知ってはいたが!

この怒りは、ヒカルとアキラの両方に向けられていた。
二人にとっては、迷惑きわまりない理不尽な怒りだ。
ヒカルはそんな緒方の様子を敏感に感じ取っている。
自分と目をあわそうとせず、体がかすかにふるえている。
緒方に怯えるこの可愛い子犬をどうしてやろうか。
アキラと同じようにあつかったら、彼はどうするだろうか。
残酷な考えが浮かんだ。

息を大きく吸い込んで、気持ちを落ち着けなければ。
緒方は、この自分勝手な感情を封じ込めようとした。
どう考えても大人げないではないか。
ヒカルの様な子供に対して本気で腹を立てて。
しかも、ヒカルには一片の非もないのだ。
この子はアキラとは違うのだ。
ヒカルはアキラと自分との関係を知らないのだ。

ヒカルは俯いたままじっとしている。
いつの間にかしゃべることをやめていた。

重苦しい空気を入れ換えるかのように、緒方が口を開いた。
「答えは出ているだろう?」
できるだけ優しく言ったつもりだ。
うまく笑顔を作れたかどうかはわからない。
バネ仕掛けのように顔を上げたヒカルが、ほっとした表情を見せた。
どうやらうまくいったらしい。

作り笑顔で、再度繰り返して言う。
「オレ わかんねぇよ 先生」
納得しないのかヒカルはすねるように言った。
緒方が怒っているように見えたのは、自分の勘違いだと思っているようだった。
甘えるような仕草が可愛かった。


(13)
アキラは体を持て余していた。
ヒカルの気持ちを考えて、強引なまねはやめようと決めていた。
でも、ヒカルのことを考えるとどうしようもなくなった。
緒方のマンションへ行こう。
夜は出かけていることが多いが、合い鍵を使って中で待たせてもらうつもりだった。

インターフォンを押した。
珍しく緒方がいるようだった。
中に通された。
もう一人思いがけない人物もいた。

「進藤!!」
驚いた。なぜ、進藤がここに?どうして、緒方さんと?
アキラは呆然と立ちすくんでしまった。
思いがけない人物に会ったのはヒカルも同じだったようだ。
アキラの顔を見るなり、真っ赤になった。
「あっ と、塔矢。先生に用事?えーと、オレもう帰るから。じゃあな。」
「先生 今日はありがと じゃ さよなら」
と、言うが早いか出ていってしまった。

「緒方さん どうして進藤がここに?」
アキラは努めて冷静に尋ねた。
緒方さんの部屋に進藤が・・・。考えるだけで頭が煮えそうだ。
緒方は、そんなアキラの態度を見て口の端だけで笑った。
「別に対した用事じゃない。可愛い恋愛相談だ。」
アキラは不審そうに緒方を見た。
先ほどのヒカルの様子からも、緒方が彼に何かした気配はなさそうだ。
少し安心した。

「なぁ アキラ君 進藤は可愛いな。」
雷に打たれたような衝撃だった。
緒方さんが進藤を?
緒方はアキラを無視して話し続ける。
「告白された どうしようって。うろたえて・・・まったく子供だよ。」
おもしろそうに緒方は言った。くっくっくっと笑いをかみ殺している。
口調とは裏腹に目は笑っていない。
アキラは黙って緒方を見ていた。
「進藤の相手は君だろう?アキラ君。」

ヒカルはそこまで緒方に話したのだろうか?
うろたえた様を見せないようにするためには、努力が少し必要だった。
「名前を出さなくてもすぐに君だってわかったよ・・・。」
「本当に進藤は可愛い。気に入ったよ。」

アキラが何かを言い募ろうとするのを緒方は遮って言った。
「・・・で、今日は何の用事で来たんだい?」


(14)
緒方はアキラがなぜここに来たのかわかっている。
わかっていて、あえて聞いたのだ。
「!!それは・・・」
アキラは答えに詰まった。
ヒカルに思いを寄せながら、緒方とも関係を続けている後ろめたさ。
そして、今、ヒカルがいた―おそらく無邪気に笑っていたであろう―空間で、それを口にするのはためらわれた。

言いよどんでいるアキラに、緒方は近づいた。
右手でしっかり腰を抱いて、そのまま自分に引き寄せる。
首の後ろに左手を回し、アキラのさらさらと流れる黒髪をきつく掴んだ。
そのままゆっくりと手を下げて、顔を上げさせた。
瞳がぶつかった。
「進藤はこのことを知らないんだろう?知ったらどうするかな?
おもしろいと思わないか?」
アキラの動揺が体を通して伝わる。

唇が触れるほど近くに顔を寄せた。
アキラは歯を食いしばって、緒方を睨み付けてくる。
「君は俺を利用している。都合のいいときだけすり寄って。」
俺を欲望のはけ口にしているくせに。
見かけだけは清らかそうにして。
俺を誘惑しておきながら、進藤には純愛を捧げるのか。
緒方はアキラを責めた。
アキラはお互い様だと言わんばかりに、緒方を睨み続ける。

緒方が髪を掴んだままアキラの首筋をなでる。
アキラが身をよじった。
ゆっくりとくすぐるように脇腹をなで上げた。
アキラの体に電流が走る。
緒方はそのままアキラに覆い被さった。


(15)
まさかあんなところで塔矢にあうとは思わなかった。
早足で歩きながらヒカルは思った。
顔がまだ熱い。
風が頬の熱を冷ますように吹き抜けた。

せっかく相談に行ったのに、その相手が来てしまっては話ができない。

レストランで緒方が言った答えに、ヒカルは納得できなかった。
しつこく食い下がるヒカルを、緒方は自分のマンションに連れて帰った。
緒方は、困った奴だとため息をつき、
子犬のようにじゃれつくヒカルの頭を笑いながら小突いた。
やっぱり、あのとき怒っていたように見えたのは、自分の勘違いだ。
緒方先生は優しい人だ。

自分は、年上の男につい甘えてしまう。
佐為の身代わりを無意識のうちに捜しているのかもしれない。
いい加減、佐為離れをしなければ・・・。

佐為はヒカルにしか見えなかった。
二人だけの秘密の時間。それは長くは続かなかった。
佐為は、いってしまったから。
ヒカルは佐為が大好きだった。
佐為がいたからこそ、アキラにも会えたのだ。
いつも一緒だった。
だが、佐為とは、ふれることも、ふれられることもできなかった。

緒方の手は大きくて温かい。
佐為の手も同じように温かだったのだろうか。
もっと緒方と話をしてみたいと思った。



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