Linkage 121 - 122


(121)
 見直しも終わり、アキラは自分の答を解答と照らし合わせてみた。
(全部合ってるな)
 取り立てて感慨もない淡々とした表情でパタンと問題集を閉じると、横にある社会の
プリントを折り畳み、教科書の間に挟んで、ペンケースと一緒にランドセルにしまった。
(緒方さん、「再来月でお役ご免とは勿体無いな」なんて言ってたけど、確かに勿体無いのかも……)

 アキラのランドセルは、6年前の4月に初めて背負った時からそう変わらない状態を保っている。
特に傷らしい傷もなく、6年近い使用年月を実感させる証は、せいぜい内側の塗装されていない革が
飴色に変色し、艶を増したことくらいだろう。 
 それも4月からは使わなくなる。
部屋の鴨居に吊り下げられたハンガーに掛かる制服は新しくなり、算数も数学に変わる。
ごく当たり前に変わっていく現実が、そこにはある。
 だが、時間の経過と共に変わっていくのは自分だけではない。
緒方もまた変わっていくのだろう。
その変化がどのようなものなのか、今のアキラには想像もつかない。
(それにしても、どうしてこんなに熱いんだろう……)
 項に触れた緒方の指先の感触が、耳朶を弄んだ唇や濡れた舌の感触が、生々しく思い出される。

 アキラはふと天井を見上げた。
それが肉体の熱さも、胸中に蟠る漠然とした焦燥感をも振り払う術になり得ないことはわかっている。
それでも、そうせずにはいられなかった。
アキラはしばらく天井板を支える竿縁をぼんやりと見つめていたが、やがて静かに瞳を閉じた。


(122)
「アキラさん、お風呂沸いてますよ」
廊下から聞こえる母親の声に、アキラはハッとして目を開けた。
立ち上がって障子を開け、目の前の母親に尋ねた。
「お父さんは、まだ帰ってこないの?」
「今夜は少し遅くなるみたいよ。先に入ってしまいなさいな。……あら、顔が赤くない?
熱でもあるのかしら?」
「べ…別に何でもないよ。じゃあボク、先に入るね」 
 動揺を気取られまいと母親に背を向けると、アキラは部屋の電気を消して浴室に向かった。

 まだ誰も使っていない真冬の浴室は、ひんやりとした空気に包まれていた。
いつもなら急いで湯を身体にかけるところだが、今夜は空気の冷たさがむしろ心地よく感じられる。
洗い場の檜の椅子に腰掛け、アキラは湯を被った。
(そんなに顔が赤かったかな……?)
 濡らした髪を洗いながら、小さな溜息を漏らす。

洗い終えた髪をサッと拭いてから、ボディタオルで石鹸を丹念に泡立てて身体を洗い始めた。
しばらくして、項に伸ばした手がふと止まった。
夕刻、緒方が触れた箇所だ。
泡の付いた指先でそっと撫でてみる。
(…………)
 何故だろう、触れている箇所以上に熱い部分がある。
胸の鼓動が加速していくのがはっきりとわかる。
全身の熱が一カ所に集中している、そんな感覚にアキラは背を丸めて身震いした。
(……どうしてこんな……)
 真一文字にキュッと結んだ唇を噛み締め、アキラは自身の股間に視線を落とした。
そこには、白い泡にまみれたペニスが重力に逆らって天を突いていた。



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