白と黒の宴4 13 - 14
(13)
そう言ってアキラに笑いかけようとして、社の視線がアキラの唇で止まった。
捕らえられたようにそこから目を離せなくなった。
もう一度そこに触れたい。そうしたら気分が落ち着いて深く眠る事ができる、
そんな気がしたのだ。
しばらくその状態で言葉もなく2人は見つめ合った。
するとアキラは小さく溜め息をつき、社が押さえるドアをそのままにして部屋の中に
入っていった。
「塔…」
社は一瞬躊躇した。自分が考えている事が伝わってしまったのかどうかはわからないが、
取りあえずアキラが自分を部屋に入る事を許可したように思えた。
社は周囲を見回し人目がないと確かめて中に入り、ドアを閉める。
心音が高まる。
アキラは入ってすぐの壁にもたれ掛かって腕組みをして社を睨んでいた。
それを見て社は急激に勢いで部屋に入ってしまった事を後悔した。
(だがしかし…入ってしまったモンはしょうがない。ええい、もうヤケクソや…!)
アキラの表情にはやはり今朝までの余裕がないように見えた。コンビニへ2人で出掛けた時の
あの聡明さが今はすっかり消えてしまっている。それが社には歯がゆかった。
社は恐る恐る手を伸ばしてアキラの肩にそっと置いた。
アキラに逃げる気配はなかった。受けて立つような強がるような視線を向けて来る。
ごくりと息を飲み、慎重にもう片方の手も伸ばしてアキラの両肩を抱き、正面に立った。
(14)
自分を見るアキラの視線は厳しいままだったが、完璧に自分を拒絶してはいないようだった。
社は少しホッとし、落ち着きを取り戻した。
塔矢邸でヒカルが出て行った後に2人きりになった時、社はアキラにキスをしようとしたが
できなかった。
もうアキラにそうした手出しは一切しないつもりだった。
だが、北斗杯の会場のホテルに入ってから、どうも進藤の様子がおかしくて、―それは
合宿の時点からそうだったのだが、北斗杯の予選を戦った時のようなあの大らかに
碁を打つ事を楽しんでいた進藤とは別人に感じた。
そんな進藤にすっかりアキラも引きずられてしまっている。
「…やっぱり何や、おまえら変やで。」
こうして部屋に易々自分を入れる事自体がおかしい、と社は暗に示していた。
「…君には関係ない。」
アキラは視線を床に落とす。社はムッとし、思いきってぐいと顔をアキラに近付けた。
一瞬小さく肩を竦め、顎を引いてアキラは拒否の意志を示した。だが、塔矢邸でのあの
氷のように冷ややかな表情ではなかった。
社はアキラの肩を引き寄せてさらに顔を近付ける。
ほぼ2人の唇が触れるか触れないかの距離に寄る。
「…社!」
ようやくアキラがそう低く叫ぶと、社も低く答える。
「嫌やったら、殴ったらええ…!」
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