誘惑 第三部 13 - 14
(13)
「キライだよ、おまえなんか。
おまえみたいに自分勝手な奴、大っ嫌いだよ。
いっつも自分の気持ちばっかで、人の話なんか聞いちゃいなくって、聞こうともしないで。
人を人とも思わないで、自分が好きじゃない奴だったらキズつこうが何だろうがヘイキで、おまえ
みたいに薄情で陰険で根性悪の人でなし、見たことがねぇよ。
嫌いだよ。大っ嫌いだよ。こんなヤな奴、他にいねぇって思うよ。それなのに、」
言葉を飲み込んで、一歩アキラに向かって足を踏み出し、睨みつけながら言った。
「それでおまえはどうするんだよ?オレが好きだって、それが何だって言うんだよ?
言うだけ言って、それでおしまいかよ?それでおまえは気が済むのかよ?それだけでいいのかよ?
本当はどうしたいんだよ?本当の事を、本当にしたい事を言えよ…!」
「キミはっ!ボクがどんな…」
ヒカルにつられたように荒げかけてしまった声を飲み込み、それから恐る恐る、小さな声で問う。
「キミは…進藤…キミに、もう一度触れてもいいのか…?」
「訊くなよ!!」
ヒカルがアキラに近づき、にじみより、くっと顎をひいて上目遣いに睨みあげ、掠れた声で言い返す。
「…んな事訊くなよ…!イヤだって言ったらやめんのか?それでやめられんのか?
オレがイヤだろうと何だろうと、それでもしたいって、オレが欲しいって…」
震える白い指がヒカルに伸びて、ヒカルは言葉の続きを失う。冷たい指先が頬に触れ、そこから体中
に電流が走ったように感じる。その指がヒカルの頬を包み込み、白い顔が近づいてくる。視界が歪ん
で、近づいてくる顔がどんな表情をしているのか、よく見えない。見えないから、ヒカルはぎゅっと目を
つぶった。
(14)
唇に、温かく柔らかいものがそっと押し当てられたと思うと、次の瞬間にはさっと逃げた。
目を開けると、怯えたような戸惑ったような泣きそうな真っ黒な目がオレを見ている。
欲しかったのはこれだ。ずっとずっと、忘れられなかったのはこの目だ。この唇だ。
欲しかったのはオレだ。オレの方だ。
離れていこうとする唇をヒカルが追い、捕らえる。
そうしてヒカルの腕がアキラの身体を抱きしめ、ヒカルの唇が強くアキラの唇を吸い上げる。
それから二人は、長い間の飢えを癒すように、貪るように互いの唇を求め合った。
「バカヤロウ…どうしてわかんないんだよ。おまえ、バカだ。
こんなにバカでヤな奴なのに、それでもオレはおまえが好きなんだ。
好きなのはおまえだけなんだ。こんなバカ、どうしてこんなに好きになっちまったんだ。」
「…ごめん、ごめん、進藤……」
腕の中にいるアキラを確かめるように抱きしめながら、ヒカルが言う。
「塔矢、おまえ、痩せた。」
「うん。」
「オレの、せい…?」
「…ボクが、バカだからだよ。」
キミは何も悪くない、と耳元で囁く声が聞こえたような気がした。
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