敗着-透硅砂- 13 - 14


(13)
(帰るの遅くなったな…)
掃除が長引き、急いで学校を飛び出すとそのまま緒方のマンションへ向かった。
(早く行かないと、先生いつも飲みに行っちゃうからなー…)
それで何度か肩透かしを食わされている。
部屋の前に到着するともどかしげに呼び鈴を押して返事も待たずにドアを開いた。
「よお、お前か」
中から扉を開けようとしていた緒方といきなり鉢合わせをした。
その姿に息をのんだ。
黒スーツに黒ネクタイと、緒方は全身黒ずくめだったのだ。
さっさと中へ戻っていってしまったその後ろ姿に見惚れながら、靴を脱ごうとして下を向くと、磨かれた黒い革靴がきちんと揃えられていた。脇には靴クリームのチューブと薄汚れたスポンジが転がっている。
「今日お葬式なの?」
部屋に入って忙しなく動き回っている喪服姿の緒方に尋ねた。
「いや、通夜だ。さっき電話が入ったばかりでな…。六時半から…なんとかホールで…。葬儀は…明日の十三時から……」
腕時計を見ながら、頭の中で反復するように言う。
「それ、棋士の人?」
「いや、関係者――エライさんだ」
リュックを背中から外し脇へ置いた。
「衣替え――したんだな。制服――」
こちらを見ずに背を向けたままでボソッと緒方が言った。
「先月からだよ。もうずっとだよ」
「――そうか」
てきぱきと出掛ける支度をしていたが、ふと動きが止まった。
「……どうした?さっきからじろじろと見て」
「いっつも白だから」
「そうだな」
「フッ」と笑うと引き出しから封筒を取り出す。
「ヤクザみたい」
「よく間違われる」
真顔で答えた。


(14)
椅子を引いて食卓につくと、緒方は香典袋を前に置いて筆ペンを持った。
筆ペンを握って字を書いている緒方の手元を背後から覗き込んだ。
「………字はフツーなんだね」
「碁は上手いけど」と小さく付け足した。
「黙ってろ。歪む」
慎重に字を書き終えると、息を吐いて立ち上がった。
「ちょっと通してくれ」
自分の体を脇へよけ足早に隣室へ入っていき、しばらくして数珠を手にして帰ってきた。
「遅くなるの?」
「さあ…。焼香だけだと思うが…」
字が乾いているのを確認すると、中に数枚の札を揃えて入れ、熨斗袋に水引を掛けながら答える。
「車で行くの?」
「いや、下にタクシーを待たせてある。駐車場は親族が使うだろうし…」
香典袋を上着の内ポケットにしまうと、改めてネクタイを締め直した。
「じゃあ行ってくるから、部屋を荒すなよ」
「わかってるよ…」
向き直って言った緒方に少しムッとして答えた。
「パソコンは触るな。テレビは好きに見ていい。冷蔵庫の中のものは食べて良いから。後は…、とにかく大人しくしてろ」
早口でそれだけ並べるとばたばたと玄関から出て行ってしまった。

(チェ――…。行っちゃった…)
しんとした部屋に取り残されて、少し心細くなった。
冷蔵庫へ行って扉を開け中を覗き込む。
(ハムもサラミもチーズも食べ飽きた…)
冷蔵庫を閉めてテレビの所へ行き、置いてある数本のビデオテープのラベルを読んだ。
(GT……鈴鹿8耐……なんだコレ…)
テレビから離れると、水槽のある場所に行って熱帯魚のエサを取り出す。
(いっつもこれくらいだよな…)
緒方がエサをやっている光景を思い出しながら、パラパラとタブレットを水面に落とした。
エサの容器をしまってひと息つくと、部屋を見回した。
部屋の隅にあるチェストに目がとまった。



TOPページ先頭 表示数を保持: ■

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!