敗着─交錯─ 13 - 14


(13)
「おい…っ」
腕の中で崩れた身体を慌てて受け止めた。
さすがに中に入ったままなのは申し訳ないのでずるりと引き抜くと、注意深く抱きかかえ床に寝かせる。
「…進藤?」
身体をひっくり返し腕枕をして頬をぴたぴたと叩いた。目をつむったまま寝ているようだった。腕はだらりと垂れ下がりタイルに着いている。
小さくため息をついた。
自分と進藤の体に付いた石鹸を手早くシャワーで洗い流し、脱衣所へ抱きかかえて出ると、バランスをとりながら片手でバスタオルを取った。
(女より面倒くさいなコイツは…)
横たわらせた身体に付いた雫をタオルで丁寧に拭き取っていると、内腿の付け根に精液が零れているのが見えた。
(‥‥‥。子供が大人の真似をしたがるからだ…自業自得だ)
そう言い訳し、意識を失っている進藤をベッドへ運んでいった。

結局その日も進藤を泊まらせることになった。
イッた後に気を遣ってしまったのを起こすのは、なんとなく気がひけた。
最初の頃こそ家にはどう言ってきているのかを、年上らしく気遣ったりもした。
しかし最近は、お互いのプライベートには口を出さないことが暗黙の了解になっていた。

ふと、進藤がいつも持っているリュックが目に入った。
外ポケットには丸められた新聞が無造作に押し込まれている。
何の気なしに取り出し広げ、見出しを読んだ。
「―――、」
そこには塔矢アキラが連勝を続ける記事が、大きく掲載されていた。日付を見ると今週の号だ。
進藤との行為の直後に、いきなりアキラの名前を活字で突きつけられることには少なからず動揺した。
それよりも――。
(偶然だろう‥‥)
偶然、アキラの記事が載っていただけだ。
その時は自分にそう言い聞かせた。


(14)
「どうも、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
碁石を集め碁笥に滑り込ませる。
夕刻の碁会所。
窓際の席に座ったアキラは常連客を相手に指導碁を打っていた。
「それにしてもアキラ先生。このまま連勝記録更新ですかな?」
「こればかりはボク一人で決められることではありませんので…」
「いや、そうでしたな。これはまた…」
世間話に適当に相槌を打ってはいるものの、頭の中は進藤のことで一杯だった。
緒方も来るこの碁会所に、彼が来ることはないだろう。
(‥‥‥)
胸の奥がチクリと痛んだ。
あとは――

それとなく、窓の方を向く。
すっかり暗くなった外の風景をバックにして、室内の照明と自分の顔が映っていた。
充分に暗くなったな――。よし、
碁盤と碁笥をきちんと揃え、椅子を立った。
「お先に失礼します」
「ハーイお疲れ様っ、気をつけて帰ってねー」
アキラが出て行くと、ほどなくして自動ドアが開いた。
「アリャ、若先生はもう帰っちまったのか!」
「いらっしゃい井上さん。少し来るのが遅かったわね」
「参ったなあ…。ここんとこずっとだよ」
ブツブツ言いながら受付を離れるのを見ていた広瀬が近寄ってきて、ふと漏らした。
「井上さん、あの人夜しか来れないから。当分はムリでしょ、アキラ先生の指導碁」
「? どういうこと?広瀬さん」
「最近ね、ずっとだよ。アキラ先生は」
「なにが?」
「暗くなるとね、帰るんだ」
「……?」
あまりにも当たり前なことを言われたようで、市河はキョトンとして首をかしげた。



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