若先生は柳腰 13 - 15


(13)
「……市河さん、やたらとピッチが速くないか?かなり顔が赤いぞ」
「え~っ!そんなことないですよ~。だってホラ、まだ中ビン1本空けただけじゃないですか~」
 やたらと語尾が延びている市河に、緒方と北島は苦笑した。
「市ちゃん、緒方先生は中ビン2本頼んだんだ。そのうちの1本を全部市ちゃんが空けちまったって
ことはだなァ……」
「2人がちまちま飲んでるだけでしょ~?あっ!この味噌田楽スッゴク美味しい~!そうそう緒方先生、
だし巻き玉子と地鶏の南蛮漬けって頼みましたっけ?」
「ああ。もうすぐ来るだろう……」
 緒方が言い終わらないうちに、だし巻き玉子と地鶏の南蛮漬けが運ばれてきた。
ほろ酔い加減で若干トロンとしていた市河の瞳が俄然輝き出す。
緒方は市河の前に皿を置いてやった。
(碁会所で『夜は軽くしないと太りそう』なんて殊勝なことを言ってたのは、一体どこのどいつだ?)

 左手にコップを持ったまま、箸を持つ右手をせわしなく動かす市河の健啖ぶりに呆れつつ、
緒方は僅かに残ったコップの中身を飲み干した。
(もうビールも終わるか……。そろそろ蕎麦も頼まないとな)
 緒方は板わさを口の中に放り込むと、品書を開いた。
その横で、市河は幸せそうに新香を頬張っている。
なんの恥じらいもなくバリボリ新香を噛み砕くその姿に、北島は思わず失笑せずにはいられなかった。


(14)
 北島は市河とは対照的な緒方の様子がもどかしいのか、手にしていたコップを置いて、
ビール瓶を緒方に向けた。
「緒方先生、ワシなんかに合わせてないでどんどん飲んでくださいよ。市ちゃんを見習ってホラ!」
「いや、私より市河さんの方に。彼女のコップ、もう空ですから」
 すかさず市河がコップを北島の前に突き出した。
「北島さ~ん、それちょうだい!」
「市ちゃん……もう少し遠慮ってモンがねェのか?」
「『遠慮せずに』って緒方先生が言ってたじゃな~い!ホラホラ、注いで注いで!!」
 北島は渋々瓶の中身を全部市河のコップに注いでやった。
市河はアッという間にそれを飲み干すと、嬉々としてだし巻き玉子に箸を付ける。
北島は半ば揶揄するような口調で呟いた。
「……こんな大虎ぶりを若先生が見たら、どう思うかねェ?」
 だし巻き玉子を飲み込もうとした市河が勢い噎せ返った。
「フッ、大虎か……アキラ君には見せられない市河さんの真の姿ってところかな?」
 緒方はニヤリと笑うと、胸を叩きながらゲホゲホ咳き込む市河にお冷やのコップを差し出した。
お冷やを一気飲みする市河を横目に、緒方は北島に品書を指し示した。
「さて、そろそろ蕎麦を頼みましょうか。ここは鴨せいろが特にお薦めですよ。
酒も切れたし、好きなものを追加してください」


(15)
「鴨せいろ2つと重ねせいろ1つ。あと、吟醸冷酒1つと蕎麦焼酎の蕎麦湯割り2つ頼む」
 注文を終えた緒方は地鶏の南蛮漬けを口に運んだ。
「蕎麦焼酎の蕎麦湯割りって……どんな味なんです?初めて聞いたわ。焼酎は癖が強いから、私どうも苦手で……」
 だし巻き玉子を喉に詰まらせたことで酔いが覚めたのだろう。
市河は怪訝そうな表情で緒方に尋ねた。
「…………」
 口に物が入っている緒方は、まともに返事もできない。
その様子を見かねて北島が助け船を出した。
「それが結構癖が無くて飲みやすいんだよ、市ちゃん。蕎麦湯で割るから味に丸みがあるのさ。
ワシは蕎麦屋じゃ日本酒よりこっちを頼むねェ」
「へえ~、そうなんだ。でもなんだかオジサン臭い感じ」
「……『オジサン臭い』とは心外だな。前にアキラ君と芦原を連れて来たときもこれを頼んだが、
芦原なんかすっかり気に入ってガブガブ飲んでたぜ。まあ所詮アイツは何を飲ませても同じことだが……」
 ようやく口を開いた緒方に、市河はすかさず詰問した。
「アキラ君とここに来たんですか!?」



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