夜風にのせて 〜惜別〜 13 - 15


(13)

十三
「…彼は、婚約者です。明日式を挙げるんです」
ひかるは泣くのを止めて言った。大切なことは自分の口で明に伝えたかったからだ。
明は愕然としてそれを聞く。
「結婚したら彼の実家に行くことが決まっていて…。もう明さんと会うことはできなくな
るので、今日はお別れを言いにきました」
「うそだ! ひかるさん、ふざけないでください」
明はひかるに詰め寄った。だが男性によって阻まれてしまう。
「すでに決まっていたことです。あきらめてください」
男性は冷たく言い放った。だがそれでひかるへの想いを簡単にたつことなどできなかった。
明はひかると話そうと試みる。けれどもひかるによってその想いはたちきられた。
「さようなら、明さん。今まで楽しかった」
ひかるはそう言うと男性と共に車に乗りこんだ。
悄愴とする明を見捨て、車は無残にも走り出した。
明はその車を必死に追いかける。だが車はすぐに姿を消してしまった。
暗闇に明の叫び声が鳴り響いた。


(14)

十四
数ヶ月後、明の自宅にあの駅前の写真館から連絡がきた。保管期間が過ぎると処分してし
まうので、写真を取りにくるようにと催促の連絡だった。
明はひかると別れてからそんなにも時間が経っていたのかと気付く。
初めはひかるに裏切られたという恨みや怒りがあったが、どんなに時が過ぎても、好きで
ある気持ちに変わりはなかった。だが写真を見れるほどの余裕はない。
明はしばらく考えこんだ。いつまでも未練がましく想い続けながらひかるの写真を持ち続
けるより、いっそ他人の手によって処分された方がいいのではないかと思ったからだ。
けれどもひかるを見たい気持ちが次第に強くなり、明は急いで写真館へと向かった。


(15)
十五
「こちらです。中身のご確認をお願いします」
店員に言われ、明は深呼吸をすると分厚い台紙をゆっくりと開いた。
そこにはこれから別れが訪れるとは思えないほど、いつもの二人の姿があった。
久しぶりに見るひかるの姿に、明は泪が出そうになるのをこらえた。
代金はすでに支払われていたので、明はそれを大切に封筒にしまうとあの川へと目指した。
久しぶりに訪れた川べりの道は以前と変わらぬ風景だった。しかしひかると別れてから辛
くて行くことができなかった間に、青々とした緑や花たちが春の訪れを告げていた。
明は以前と同じ様に歩く。だがもう永遠にひかると歩くことはないのだろうと思うと悲し
かった。ひかると出会い、そして別れた場所でもあるこの道は、明にとって特別な存在だった。
明は切なげに空を見上げる。あんなに待ち遠しかった朝陽も、今では辛い記憶を思い出さ
せるだけとなった。だがひかるもこの太陽をどこかの空の下で見上げ、自分と同じ様に光
を浴びているのかと思うと、段々愛しさが増してきた。
「ひかるさん」
明は太陽にこの想いがひかるに届くよう祈った。



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