pocket size 13 - 16


(13)
蚊は無遠慮にもアキラたんの可憐なお尻に留まると、その肌理細やかな白い皮膚の表面に
今にも口針を突き立て吸血しようとした。
「やっ・・・やーぁぁ・・・っ!」
アキラたんが細い悲鳴を上げると同時に、俺は「アキラたんごめんっ」と断り
ぺちっとそのお尻を叩いて、アキラたんを襲っていた蚊をツブした。

「あっ・・・、・・・はぁ・・・っ」
お尻への衝撃に振り向いて、助かったことを知ったアキラたんがほぉっと息をつきながら
うつぶせに横たわった。
「ありがとうございます・・・」
「いや、怖い思いをさせちゃってゴメン。俺がもっと気をつけてればよかったね」
今のアキラたんにとっては、蚊だって凄い大きさなんだよな・・・そりゃ怖いよな。
こんな小さい体で普通サイズの人間と同じように刺されたらどうなるかわからないし、
明日は蚊取り線香も買ってきたほうがいいな。
「はー・・・」
アキラたんはまだ興奮冷めやらぬ涙目で息を整えている。
蚊を潰した指を見てみると結構な量の血がついていた。昼寝中に刺された俺の血だろう。
ちらっと目をやるとアキラたんのお尻にも同じだけの量の血がついている。
全裸で涙目のアキラたんの白いお尻から太ももにかけて、こびりついた赤い血・・・
あらぬ方向へ意識が飛びそうになる。
頭を振って慌てて打ち消す。
いかんいかん。
「アキラたん、メシの支度が出来たんだ。もう入る?」
「あ、はいっ」
アキラたんのお尻にこびりついた血をなるべく無造作にティッシュで拭き取って、
落ちたハンカチをもう一度しっかり体に巻きつけさせて、アキラたんと俺は
大きさがちょっと違う二人分の食器で一緒にゴハンにした。


(14)
ちさーいアキラたんが俺のアパートに来てから数日経った。
「ただいまー、アキラたん」
バイトから帰って玄関のドアを開けると、部屋のほうからアキラたんのちさーい声が
聞こえた。小さすぎて何と言っているか聞き取れないが、「お帰りなさい」と言って
くれていることを俺はこれまでの経験から知っていた。

部屋に入るとフローリングの定位置にちょこんと座ってアキラたんが俺を待っていた。
「英治さん、お帰りなさい」
「ただいま。このまま机に行く?」
アキラたんが来たばかりの頃に二人で話し合った結果、アキラたんの居場所は基本的に
俺の留守中は床の上、俺がいる時は机の上ということになっていた。
前者の理由は、この間の蚊事件の反省を活かし、俺の留守中にアキラたんがうっかり
机から落ちてしまったりする危険を避けるため。
後者の理由は、俺が万が一にもアキラたんを踏んだり蹴ったりしてしまわないよう配慮
してのことだ。
「はい。・・・あ、すみません。その前にお手洗い・・・」
「そう?じゃ、」
とアキラたんを抱き上げるため手を伸ばすと、アキラたんは少しむっとした顔でピョンと
一歩後ろに飛び退いた。
「一人で、行けます」
「そう?じゃ、済んだらまた呼んで」
「はい。行ってきます」
澄ました顔で挨拶をして、アキラたんはすたすたとフローリングの上を歩き出した。
すたすたすたすたすたすたすたすたすたすたすたすた
「・・・・・・」
俺なら数歩で届く距離がアキラたんにとっては遠い。
だが、自分の力で出来ることは極力自分で、というのがアキラたんの流儀なのだ。
その誇り高くも可憐な遅々とした歩みを、俺は少々もどかしい思いで見守るのであった。


(15)
「英治さん、すみません。お願いします」
トイレを済ませたアキラたんが、部屋に戻って来て言った。
フローリングの上にあったアキラたんの私物を机の上に移す作業をしていた俺は、
アキラたんに伴われてトイレへ移動した。
廊下に続くドアもトイレのドアも常時開けっぱなしで固定してあるのは、ドアの影に
アキラたんがいるのに気づかないで開けてしまったりする危険を防ぐためだ。

アキラたんのトイレコーナーは普通の人間用のトイレの一角に設けられている。
楕円形の青い石鹸皿にティッシュを敷き、一回用を足すごとにティッシュを取り替える
仕組みだ。俺の留守中は使用済みティッシュを別に設置したちさーいビニール袋に入れて
おいてもらうが、こうして俺がいる時は一回一回トイレに流す。
「準備はいい?」
「お願いします」
丸めたティッシュを手にしたアキラたんが神妙な面持ちで頷く。
両手で抱え上げて便器の上まで連れて行ってやると、アキラたんは海に白い花束を投げる
ように便器の水の中に白いティッシュを捨てる。
俺が水を流し、アキラたんが手を洗う。
「ありがとうございました・・・!」
アキラたんが漸くホッとしたような顔で微笑む。
サイズが違うだけでトイレも一苦労だ。アキラたんのトイレの後始末なら俺は喜んで
やれるし、実際そのほうが何かと効率がいいはずなのだが、トイレの後のゴミ捨ても
石鹸皿の掃除も、アキラたんは「そんなことを人様にお任せするわけにはいきません」と
頑として譲らなかった。
もっと割り切って俺を利用してくれてもいいのに、とも思うが、ちさーくなっても
無闇に人に頼ることを良しとしないアキラたんの誇りは大事にしてやりたいと思う。


(16)
とは言え数日一緒に暮らせばそれなりに気を許しあう関係にもなってくるもので。
机の上にアキラたんを乗せてやるとアキラたんはとことこ歩いて専用の座布団に
ちょこんと座り、人懐こい笑顔で笑った。俺も頬杖をついてその笑顔に応える。
「今日から新しいアルバイトだったんでしょう?大変でした?」
「うん、飲食店のバイトは前にもしたことあったから運ぶのはいいんだけど、
まだメニュー覚えてないから注文とレジが大変だったかな。揚げ餃子貰ってきたから
夕飯の時一緒に食べようね」
そう言うとアキラたんは嬉しそうにほっぺたを押さえ、正座を崩して体育座りになり、
膝を左右にゆらゆら揺らした。
アキラたんが今着ているのは近所のおもちゃ屋で売っていた人形用の丈の短いジーンズと
ピンクのロゴ入りTシャツだ。本当は身長16〜17cmのアキラたんより5cmほど大きい
人形が着るためのものらしいので少しぶかっとしているが、そこがまたアキラたんの
ちさーさを強調して可愛いことこの上ない。
ちなみに上下とも女の子物であることはアキラたんには内緒だ。
「アキラたんは今日、何してたんだい?退屈じゃなかった?」
「お昼と夕方にニュースを見て・・・その他は、いただいた詰碁の本を読んでました」
TVとエアコンのリモコンはいつでも操作できるようにアキラたんの側に置いてあった。
詰碁の本というのは、アキラたんの退屈を緩和するため普通サイズの詰碁集をアキラたん用に俺が縮小コピーしたものだ。
「そっか・・・他に何か読みたい本があったらまた縮小版作ってくるけど、何かリクエストある?」
アキラたんは首を傾げて言った。
「そうですね・・・英治さんのお勧めの小説があったら読んでみたいです!それから、
・・・あっ、でも、これはいいです・・・」
「んっ?なんだい?」
気になる。だがアキラたんはふるふると首を横に振るばかりだった。
「ごめんなさい、いいんです、本当に」
「・・・そう?じゃ、そろそろ夕飯の準備するけどまたアキラたんが教えてくれるのかな?」
「はい!」
アキラたんはにっこり微笑むと、自ら歩いてきて俺のポケットの中にすっぽり収まった。



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