裏階段 ヒカル編 136 - 140
(136)
ふと、掛け布団を持ち上げてみると、進藤はあれだけ嫌がっていたピンクの部屋着を
着ていた。
すぐにも揺り起こして「良く似合うじゃないか」とからかってみたい衝動にかられたが、
『荷物の底からジャージ引っ張り出すのが面倒だったんだよっ』
そうとでも答えて真剣に怒り出す進藤の表情が想像出来たのでやめた。
「…ん…」
ごろりと進藤が寝返りを打ってオレに背中を向けた。
試しにそっと手で腰の辺りに触れてみると下着をつけていない事がわかった。
そのまま手を進藤の背にそって這わせて、そっと肩を掴む。
そのまま顔を寄せて、進藤の髪に口付ける。
進藤の寝息がピタリと止まった。
息を潜めるようにしてみるみるその体が緊張感で強張っていくのがわかる。
「…起こすつもりはなかったのだが…」
進藤はそのままの姿勢で何も言わず、じっとしている。
横になったまま後ろから進藤の躰を抱きすくめるような格好で、
しばらくそうして進藤の髪の匂いや感触に浸る。
薄い部屋着を通して、互いの体熱が次第に高まっていくのがわかる。
(137)
進藤の躰に回した手の指先で進藤の顎を捕らえ、唇をなぞる。
進藤は嫌がるように顔を振ろうとしたので、少し強引にその唇の隙間に指を差し入れた。
当然のように強く歯を起てられる。だがオレも進藤のそういう行為にはとっくに慣れていた。
ひとしきり拒絶の意志でオレの指を噛んだ後、諦めたように唇をすぼめてオレの指を吸う。
するのはいいが、痛いのはいやだ、という意思表示だ。
オレと進藤の間では常にそういう儀式がいろんなかたちでつきまとう。
もちろん一向に噛む力が弱まらない時もある。そういう時は大人しく引き下がる。
進藤の膝辺りから部屋着の中に手を差し入れる。
そうして衣服をたくしあげると同時に進藤が体を反転させてこちらを向いた。
その夜は珍しく、進藤もまたオレの部屋着に手を掛けて、互いに剥き合うかたちになった。
重なりあった下肢で、進藤がかなり興奮している事が判る。
一瞬、進藤が例の夢遊状態にあるかと心配になった。
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「…オレ、夢見てた」
微かに荒い吐息で進藤はオレを見つめた。その瞳は、空ろなものではなかった。
「夢?どんな?」
優しく髪を撫でながら尋ねる。
「…初めて…緒方先生と………した時の…」
「忘れられないのか?あまりに辛かったか?」
「そうじゃない…確かに辛かった時だったけど、でも、それは緒方先生のせいじゃないから…」
「……」
「…でも、不思議だね。人って、これ以上はないってくらい苦しい思いをしても、いつかは
その痛みを忘れる事が出来る時がくるんだな…。…あ、そうじゃないや、忘れられないけど、
大丈夫って思える時が来るもんなんだね」
オレは何も答えなかった。その代りに、進藤の躰を組み敷き、見えない傷を抱えた進藤の胸に
唇を這わした。淡く色付いた両の幼い突起を交互に甘く刺激した。
あの時と、最初に進藤のその場所に触れた時と同じように、膿んだ傷口を労るように、
出来うる限り優しく時間を掛けて慰撫してやった。
「…く…ん…っ」
仔犬が母犬に愛情をねだるような、小さな喘ぎ声が進藤の喉の奥から何度も漏れた。
その声を、生涯独占したいと何度も望んだ。自分以外の誰にも聞かせたくはないと、
何度思ったかわからない。
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魂を狂わす進藤の甘い吐息に煽られて更に愛撫を深める。
「はっ…、っ…ハッ…はっ…ッ」
ほとんど言葉が混じらない熱い呼気だけがひたむきに繰り返される。
ただそれだけなのだがそれが愛しい。
アキラとどこが違うのか無意識下に比べ考えてしまう。
アキラは時折、どこか芝居がかった媚態を演じる事があるように感じた。
声変わりし切らない自分の声質を気にしながらも、それを武器とする術を
心得て最大限に利用していたように思える。
どうすればよりオレの嗜虐心に火を付け、より強い責めを引き出せるか、
本能的にアキラはそれをしているところがあった。そのことによってオレを
自分に繋ぎ止めようとしていた。
進藤との交渉には次が必ずあるとは限らない、そんな刹那的な危機感が
常につきまとっていた。相手はおそらくオレでなくてもよいのだろう。
その差だろうか。
(140)
シーツの上を掴みどころなく進藤の手が彷徨う。キスの嵐は彼の下肢の中心周辺に
及んでいた。
閉じようと力が加わる進藤の両膝を捕らえて割り開き、腿の内側にそって唇を
ゆっくりと移動させながら吸う。
進藤の中心部はその部位に直接触れたわけでなくとも蜜を滴らせ溢れさせて
小さく悲鳴があがる度にピクリと跳ね上がった。
指先でそっとその付け根から後部になぞると、昨夜の行為の名残りでまだ少し腫れて
膨れた秘口に触れる。勢いとは言え、激しくし過ぎた事を後悔した。
唾液で濡らした指をそっと押し当て、そのままゆっくり埋めていった。
「んんっ…!」
進藤が眉を顰める。だが拒絶的な反応はなかった。
揃えた人さし指と中指を柔らかで温かな粘膜が押し包み絡み付く。
そのままその進藤の腰を抱えるようにしてうつ伏せにさせ、背骨にそって上へとキスを重ねる。
進藤は枕に顔を埋め、シーツを掴み、時おり首を振るような仕種とため息で応える。
それでも背中越しに進藤の表情を伺うと、そこにはまだ怯えや恐怖心が完全には
消えず張り付いている。
「…嫌なら、止めてもいいぞ」
進藤の内部で指を動かしながら問う。
「……」
返事はない。
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