日記 139 - 141


(139)
伊角は、持っていた袋の中身を取りだした。レトルトのお粥だの、風邪薬、氷枕などが
順に出てくる。家からわざわざ持ってきてくれたらしい。
「伊角さん……」
伊角は照れくさそうに、頭を掻いた。
「いや、てっきり病気じゃないかと思いこんでて…お前、電話にも出ないし…」
 和谷は畳の上に顔を伏せた。涙が溢れてくる。嗚咽が漏れた。
「わ…和谷……?」
伊角は、おろおろと和谷の背中をさすった。
「どうしたんだ?どこか痛いのか?やっぱり、調子が悪いんじゃないのか?」
「ち…ちが…ちがう…オレ…」
伊角に全部話してしまおうか?でも、知ったら、きっと伊角は軽蔑する。伊角は自分が
ヒカルを弟みたいに扱っていたのを知っている。伊角だって、同じようにヒカルを可愛がっていた。
 和谷は泣き続けた。伊角は宥めるように背中を撫でてくれている。胸の奥に詰まっていたものが
一気に流れ出した。
 ヒカルが可愛かった。大切だった。他のヤツに獲られたくなかった。だけど、結局失ってしまった。
最低のヤツだ!本当は可愛いからとか、好きだからとかではなく、ただ単に、抱きたかっただけじゃないのか!?
アキラがヒカルを大切にしているのを知ったから、獲ってしまいたかっただけなんだろう?
心の中で、別の自分がそう責める。
「ちがう…!ちがう!ちがう!」
本当に好きだった。大事だったから…どんな手を使っても自分のものにしたかった。
それが間違っているのは最初からわかっていた。それでもそうせずにはいられなかった。
あの笑顔を自分だけのものにしたかった……。それだけだった。


(140)
 伊角は和谷を好きなだけ泣かせてくれた。
「ご…ごめん…伊角さん…」
「いいさ…早速、コレが役に立つな…」
伊角が氷枕にタオルを巻いて、和谷の目元に押し当てた。
「ちょっと、大きいな…ま、ガマンしてくれよ?」
早とちりしたから、これだけでも役に立たないと格好がつかない――――――
そう言ってなんでもないように伊角は笑った。
「薬とレトルトは流しの下にでも入れておくか…」
残りの荷物を持って、立ち上がった。
「…へえ…リンドウか…」
流し台の上に置かれた鉢植えに、目を細める。殺風景な部屋の中で、そこだけ何故か
空気が違った。決して派手な色調ではない。深く落ち着いた清楚な花だ。だが、自然と
目が奪われてしまう。
「買ったのか?」
振り返って、和谷に問うてきた。
 和谷は答えなかった。伊角はそんな和谷を黙って見ていたが、視線をリンドウの方へもどすと
「……もうすぐ夏も終わりだな…」
と独り言のように呟いた。


(141)
 アキラは自分がどうやらヒカルに避けられているらしいことに、朧気ながら気がつき始めた。
だが、その理由を考えてもまったく思い当たらない。あの日、電話で話したとき、ヒカルは
買ったばかりの携帯にはしゃいでいた。「会いたい」と互いに何度も言った。
 そして、やっと会えたと思ったら……。「一緒に帰ろう」とあれほど言ったのに……。
ヒカルは一人で帰ってしまった。無事に帰れたのか心配でヒカルの家に電話をかけてみた。
ヒカルの母は憔悴しきったような声で、「ヒカルは緒方の家に泊まる」と教えてくれた。
すぐに緒方に連絡を入れようとしたが、何故か手が止まってしまった。
 緒方とヒカルのことを勘ぐったわけではない。自分を避けるヒカルが、緒方に頼り切っていると
いう状況がアキラの中の不安をかき立てるのだ。
「…緒方さんは、知っているんだ……」
ヒカルがアキラを避ける理由を。唇を噛み締めた。ヒカルは自分だけのものではないのだと
あらためて思い知らされた。



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